辛口レビュー
——「年末年始の、庁舎」第一稿について

核は強い。大晦日の夜にも止まらない死亡届、日ごとに増えていく留守電の件数、元日の屋上で初日の出を見る年配の警備員、六枚に重なった引き継ぎの束。この四点だけで一本立つ。問題は、書き手がその四点を信用せず、除夜の鐘という既製の叙情装置を借り、留保語尾で核を薄め、最終段で「閉まっている役所を守るのが宿直なのだ」と主題そのものを直叙して回収してしまっていることだ。宿直十三年の手つきは、留守電の件数や引き継ぎの厚みに出ている。出ていないのは、その数字を前にした人間のほうだ。

1. LLM くさい叙情装置——除夜の鐘

「除夜の鐘が、どこかの寺からしみじみと聞こえてくる。」

「除夜の鐘」「しみじみ」。年越しの夜を一行で情緒づける、いちばん安い手です。この語り手が十三回も庁舎で年を越してきたなら、聞こえるのは鐘ではなく、止まった空調が落ちたあとの庁舎の無音か、給湯室のポットの保温音か、屋上の風のはずです。鐘は誰の年末にも鳴る。ウラベシノの年末でなくていい一文になっている。

2. 留保語尾が職業設定と矛盾する

「鳴らない電話の前にいるのも、この夜の宿直の務めなのだろう。」/「みんなが家にいて、誰も外を歩いていないからかもしれない。」

仕分けで生きてきた人間が、自分の務めを「〜なのだろう」と推量するのは奇妙です。前2作で確立した声は、急ぎか急ぎでないかを断定する声だった。鳴らない電話の意味を語り手が決めかねているのではなく、断言を避ける作者の保険に見える。「からかもしれない」も同じで、十三年いる人間なら、年越しに電話が鳴らない理由を推量ではなく経験として持っているはずです。

3. まとめすぎ・主題の直叙

「閉まっている役所を守るのが、宿直なのだ。」

これはエッセイの結論を、結論文として書いてしまった一行です。タイトルの副題(「閉まっている役所を守る」)と完全に同義で、本文を読んだ読者がすでに受け取ったものを、抽象語で言い直しているだけ。死亡届を収受し、郵便を積み、六枚の束を渡す——その動作がすでに「守る」を意味している。意味は動作が運ぶべきで、語り手が自分で言い当ててはいけない。

4. 自己赦し・予定調和の結び

「それが宿直という仕事の、いちばん静かな六日間なのだと、私は厚い引き継ぎの束を渡しながら思う。」

2作目の結び(「その境目に立つことだったのだ。……私は濡れた駐車場を横切って帰る」)と構文がそっくりで、語り手が手を動かしながら主題を述懐する、というこのシリーズの手癖が出ています。「いちばん静かな六日間」は気持ちのよい締めですが、気持ちがよすぎる。六日間の重さは束の厚みが語っている。語り手がそれを「静かな」と形容した瞬間、束の厚みが薄くなる。

5. 作者が本当には見ていないディテール

「給湯室のポットで湯を沸かし、蓋を開けて三分待つ。」「あたたかいそばをすすりながら、私は一人で年を越す。」

年越しそばのカップ麺は核になりうる具体物なのに、描写が「カップ麺一般」で止まっています。蓋を開けて三分、あたたかいそば——これはどのカップ麺の広告にも書ける。十三年同じことをしてきた人間なら、銘柄が毎年同じであるとか、蓋を押さえる重しがいつも同じ卓上の何か(当直日誌、湯呑み)であるとか、固有の手順があるはずです。「一人で年を越す」も概念で、観察ではない。

6. 汎用文・感傷の保険

「家族が恋しくないと言えば嘘になるが、これも十三年やってきたことだ。」

この一文は、単身赴任の会社員にも、遠洋漁船の乗組員にも、そのまま置けます。「恋しくないと言えば嘘になる」は感情を説明する常套句で、人物の固有性をむしろ消している。恋しさを書くなら、卓上に家族の写真があるのか、何時に家へ電話を入れるのか、入れないのか——動作で書かなければ、感傷の保険にしかならない。

7. 初日の出の場面で、職業の手つきが消えている

「それから彼は「今年もよろしく」と言って、何事もなかったように見回りに戻っていった。私はその後ろ姿を、いまでも覚えている。」

いちばんいい素材(屋上の初日の出)の締めが、「後ろ姿をいまでも覚えている」という回想エッセイの定型に落ちています。覚えているなら、何を覚えているのかを書くべきです。警備員が手すりのどこに立つか、見回りのボタンを屋上でも押すのか、初日の出のあいだ無線を切るのか切らないのか。「いまでも覚えている」は、覚えていることの中身を書かずに余韻だけ取りにいく、いちばん横着な締めです。

総括——残すべき核

残すべきは四つ。大晦日に止まらない死亡届(病院は止まらないから、という一行は強い)、日ごとに増える留守電の件数の数字、元日の屋上の初日の出、六枚に重なった引き継ぎの束。削るべきは、除夜の鐘の叙情、留保語尾、「宿直なのだ」の主題直叙、家族の恋しさの汎用句。改稿では、年越しそばに固有の手順を一つ与え、初日の出は警備員の具体的な動作で書き、最後は束を渡して終える——「静かな六日間」と語り手に言わせない。意味は動作が運ぶ。説明が運ぶのではない。

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