核は、間違いなくある。空っぽになった高速道路をカメラが映し続けるという像、除雪車のGPSの点を「祈るように」追う卓、解除のゲートが開いて入ってくる最初の一台——この三つだけで一本立つ。とりわけ「道路は、走る車があってはじめて道路なのかもしれない」の手前にある映像は、この書き手にしか書けない。問題は、その強い核を書き手が信用しきれず、雪と祈りで叙情を足し、最終段で「報酬」と直に名づけて閉じてしまっていることだ。前作で「正確さは無言で、遅れだけが声になる」と書けた人が、なぜ今回は自分の感情を声に出してしまうのか。数値で世界を見る人の手つきが、肝心なところで緩んでいる。
「解除の瞬間に立ち会えること——それこそが、この窓のない部屋に座り続ける、管制という仕事の、ささやかな報酬なのだと思う。」
主題を自分で言ってしまっている。「報酬なのだと思う」は、解除に立ち会う管制の像が運んでくれるはずだった意味を、抽象語で先回りして回収する自己赦しの定型です。前作の末尾「あの夜、五分遅れて消した『渋滞 4km』の四文字だ」を思い出してほしい。あれは説明せず、たった四文字に意味を全部預けて終わった。今作はその逆を行っている。「報酬」という単語が出た瞬間、最初の一台のテールランプの値打ちが下がる。
「大雪の夜、外には音もなく雪が降り積もっていて、管制室の窓のないはずの壁の向こうに、白い世界が広がっているのを私は感じていた。」
「音もなく雪が降り積もる」「白い世界」は、どの雪の夜にも貼れる既製の書き割りです。しかもこの語り手は窓のない部屋にいる。外の雪を「感じていた」と書いた瞬間、見ていないものを情緒で補ってしまっている。前作のこの人は、外を想像しなかった。盤面の色、感知器の数値、CCTVの画面——目の前のモニターだけを見ていた。雪は、外の風景としてではなく、CCTVのレンズを横切る斜めの線として書けば、それで足りる(現に三段目では書けている)。冒頭の雪は丸ごと不要です。
「私はその点を、ほとんど祈るように見ていたのかもしれない。」「道路は、走る車があってはじめて道路なのかもしれない、とそのとき私は思った。」
「〜かもしれない」「〜のかもしれない」が要所で二度。この人は数値で世界を見る人です。除雪車のGPSの点が「何キロ地点を通過したか」を数字で読み、滞留車両を「一台、また一台」と数える。その人物が自分の内面だけ「祈るように見ていたのかもしれない」と濁すのは、心理の繊細さではなく、断言を避ける作者の保険に見える。祈っていたなら祈っていたと書くか、あるいは祈りなど書かず、点の進む速度の数字だけを残せばいい。意味は、語り手が説明せずとも、遅い点の動きが運ぶ。
「最後に、巡回車が走る。安全確認のために、規制された本線を、一台だけが端から端まで往く。」「確認、異常なし。その一言を、私は待っている。」
巡回の段は概念で書かれていて、観察になっていない。「路面に取り残しはないか、標識は見えるか、凍結はないか」は、確認項目をそれらしく並べただけで、この夜のこの巡回の具体がない。実際に無線を受けてきた人間なら、報告は「異常なし」のような小説的な台詞ではなく、キロポストの番号と短い符丁で上がってくるはずです(「○○・五、路面良、以上」のような)。巡回車の速度も書ける——本線を確認しながらだから、ふだんよりずっと遅い。数字と符丁を一つ置けば、巡回は概念から、この夜の出来事になる。
「解除の情報は、いろいろなところから流れる。」「けれど、解除そのものの瞬間に立ち会うのは、管制室だけだ。」
ここで言いたいことは分かるし、構図としては正しい。が、「立ち会うのは管制室だけだ」と地の文で宣言してしまうと、その直後に来るゲートが開く映像が、宣言の挿絵に格下げされる。順序が逆です。先に、ラジオ・アプリ・情報板から「通行止め」の文字が消えていく外側の像を置き、そのうえで管制室のゲートが開く一台を黙って出せば、「立ち会うのは管制室だけ」は書かなくても読者が気づく。気づかせるべきことを、先に言ってはいけない。
「長い夜だった。」「私はようやく、息をつくのだった。」
「長い夜だった」「息をつく」は、消防士の回想にも、当直の医師の回想にも、夜勤の警備員の回想にも、そのまま置ける汎用句です。この語り手の夜の長さは、感情語ではなく、卓の上の数字で計れるはずだ——滞留台数が何台から何台まで減ったか、除雪車の点が端に届くのに何時間かかったか、最初の一台が入ってくるまでに盤面の×印を何度見続けたか。長さを数字で書ける人が、「長い夜だった」で済ませてはいけない。
「通行止めにする権限は、私ひとりにはない。」「私の卓には決定そのものは降りてこない。けれど、決まった瞬間から、その規制を画面の上で抱えるのは私たちだ。」
これは惜しい。着眼は鋭く、「決定はしないが、抱えるのは私」という非対称こそ今作の隠れた核です。ところが説明が長く、構図を地の文で解いてしまっている。前作の「表示を出すより、消すほうが難しい」と同じ強さで——「閉めるのは皆で決める。開けるまで問われ続けるのは、私だ」くらいまで削れば、それが今作の主題文として一本通る。せっかくの非対称を、説明の中に埋めないこと。
残すべきは四つ。空っぽの高速道路を映し続けるCCTV、除雪車のGPSの点と滞留台数という二つの数字、巡回車の無線報告(符丁とキロポストで具体化せよ)、そしてゲートが開いて入ってくる最初の一台。削るべきは、冒頭の雪の書き割り、「祈るように…かもしれない」の留保、「長い夜だった/息をつく」の汎用句、そして最終段の「報酬」という直叙。改稿では、「閉めるのは皆で決める、開けるまで問われるのは私」の非対称を主題文として早く立て、巡回報告を数字と符丁で書き、最後は最初の一台のテールランプを黙って出して終えてください。意味は、空っぽの画面に灯る一つの光が運ぶ。「報酬」という単語が運ぶのではない。