ウスイマコ(39歳・道路管制センターオペレーター15年)
閉めるのは、皆で決める。道路の管理者と警察と現場の判断が重なって、はじめて規制になる。私の卓に、決定そのものは降りてこない。けれど、開けるまで問われ続けるのは、私だ。「いつ開けられるか」。通行止めにした瞬間から、その問いだけが鳴りやまない。
区間の両端のインターに×印が点り、迂回路の案内表示が書き換わる。盤面の上で、その区間だけが孤立する。そして、CCTVの画面から車が消える。ふだんは深夜でもまばらにテールランプが流れている本線が、空っぽになる。誰も走っていない高速道路を、何台ものカメラが映し続けている。雪が、レンズの前を斜めに横切っていく。道路は、走る車があってはじめて道路なのだと、その空っぽの画面を見るたびに私は知る。
除雪車には、GPSがついている。盤面の地図の上を、小さな点が動く。何キロ地点を通過したか、いまどこを掻いているか。点の進みが遅ければ、それだけ雪が深い。時速十二キロ。ふだんの私なら見もしない速度だ。その数字だけが、解除がいつになるかを私に教える。早く向こうの端まで、とは書かない。私はただ、点の動く速度を読んでいる。
規制が間に合わず、区間に入ってしまった車。手前で立ち往生した車列。滞留車両、と呼ぶ。その台数が、解除の条件のひとつだ。除雪が進んでも、車列が解けなければ道は開けられない。あの夜は、十七台から始まった。レッカーと誘導で、一台ずつ動かしていく。十七、十四、九、四。卓の上で、私はその数字が減っていくのを数える。台数が一桁になっても、まだ開けられない。
除雪が終わり、滞留がなくなっても、すぐには開けない。最後に、巡回車が走る。規制された本線を、一台だけが端から端まで往く。確認しながらだから、速度はふだんの半分も出ない。空っぽの道を、一台のヘッドライトが進んでいくのを、カメラが順に拾う。やがて無線が上がってくる。「上り、二十四・五、路面良、滞留なし、以上」。キロポストの番号と、短い符丁。その符丁の連なりが、端まで途切れなければ、道は開く。
解除が近づくと、外側の世界から、まず文字が消えていく。ラジオの交通情報が「解除の見込み」に変わり、アプリの地図から赤い線が薄くなり、情報板の「この先通行止」が落ちる。けれど、それらはどれも「見込み」だ。料金所のゲートが本当に開く瞬間は、外のどこにも映らない。盤面の×印が消えるのを見るのは、この部屋だけだ。
ゲートが、すっと開く。空っぽだった画面に、最初の一台が、おそるおそる入ってくる。テールランプがひとつ、灯る。次の更新で、二つ。三つ。盤面の帯が、また緑に色づきはじめる。私は受話器を取り、第一報をかける。相手は「やっと開くか」と言う。私は何も言わず、その一台が次のカメラの画面に移っていくのを、目で追っている。閉めるのは皆で決めた。けれど、最初の一台が無事に抜けていくのを見届けるのは、私だ。