ウスイマコ(39歳・道路管制センターオペレーター15年)
大雪の夜、外には音もなく雪が降り積もっていて、管制室の窓のないはずの壁の向こうに、白い世界が広がっているのを私は感じていた。通行止めを決めるのは、それほど難しくない。難しいのは、いつ開けるかだ。閉めた瞬間から、私たちは「いつ開けられるか」を問われ続ける。
通行止めにする権限は、私ひとりにはない。道路の管理者と警察、それに現場の判断が重なって、はじめて「規制」になる。私の卓には決定そのものは降りてこない。けれど、決まった瞬間から、その規制を画面の上で抱えるのは私たちだ。区間の両端のインターに×印が点り、迂回路の案内表示が一斉に書き換わる。盤面の上で、その区間だけが、ぽつんと孤立する。
通行止めにすると、モニターの中の道路が、空っぽになる。ふだんは深夜でもまばらにテールランプが流れているCCTVの画面から、車が消える。誰も走っていない高速道路を、何台ものカメラが映し続けている。雪がレンズの前を斜めに横切っていく。あの空っぽの映像は、何度見ても慣れない。道路は、走る車があってはじめて道路なのかもしれない、とそのとき私は思った。
除雪車には、いまはGPSがついている。盤面の地図の上を、小さな点がゆっくりと動いていく。何キロ地点を通過したか、いまどのあたりを掻いているか。点の進みが遅ければ、それだけ雪が深いということだ。私はその点を、ほとんど祈るように見ていたのかもしれない。早く、向こうの端まで届いてほしい。点が動くスピードだけが、解除がいつになるかを、私に教えてくれる。
通行止めの区間に、車が閉じ込められることがある。規制が間に合わず、入ってしまった車。あるいは、規制の手前で立ち往生した車列。滞留車両、と私たちは呼ぶ。その台数が、解除の条件のひとつになる。除雪が進んでも、立ち往生の車列が解けなければ、道は開けられない。台数が、なかなか減らない夜があった。一台、また一台と、レッカーや誘導で動かしていく。数字が静かに減っていくのを、私は卓の上で数えていた。
除雪が終わり、滞留がなくなっても、すぐには開けない。最後に、巡回車が走る。安全確認のために、規制された本線を、一台だけが端から端まで往く。路面に取り残しはないか、標識は見えるか、凍結はないか。その報告が無線で上がってくるまで、私たちは待つしかない。空っぽの道を、一台のヘッドライトだけが進んでいくのを、カメラが順番に拾っていく。確認、異常なし。その一言を、私は待っている。
解除の情報は、いろいろなところから流れる。ラジオが「○○道、通行止め解除の見込み」と読み上げ、アプリの地図から赤い線が消え、情報板の「この先通行止」の文字が落ちる。けれど、解除そのものの瞬間に立ち会うのは、管制室だけだ。料金所のゲートが、すっと開く。そして、最初の一台が、おそるおそる入ってくる。空っぽだった画面に、ひとつだけテールランプが灯る。私たちは、その一台を、静かに見ている。
解除を告げる第一報の電話を、私がかけることもある。受話器の向こうの相手は、たいてい「やっと開くか」と言う。長い夜だった。あの一台が無事に区間を抜けていくのを見届けて、私はようやく、息をつくのだった。解除の瞬間に立ち会えること——それこそが、この窓のない部屋に座り続ける、管制という仕事の、ささやかな報酬なのだと思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。