東京に住んだことがない
——バナナのことを思いながら

ワタナベ(65歳、元会社員、名古屋在住)

朝、台所でバナナを一本剥いた。妻が買い置きしている房から、よく熟れた一本を選んで、皮を剥いて、その黄色いやつをそのまま口にした。当たり前のように、私はそれを「バナナだ」と分かっていた。皮の色、形、匂い、口に入れた時の柔らかさ、繊維の口当たり——それらが瞬時に「バナナ」という一語に収束する。考えるまでもなく。

食卓の窓から朝の光が差している。私はその、考えるまでもないという部分が、なぜか気になった。私が今、バナナをバナナだと分かるのは、たぶん私が今までに何百本、何千本のバナナを食べてきたからだ。皮の剥き方を体が覚えていて、匂いを覚えていて、味を覚えていて、それらの記憶の積み重なりの上に「バナナ」という言葉が乗っている。生まれて初めてバナナを見せられた赤ん坊は、それを「バナナ」とは呼ばない。経験の数だけ、人はそのものを知る。

私は東京を「バナナ」のようには知らない

そう考えた時に、ふと、別の言葉が頭に浮かんだ。東京、という言葉である。

私は商社で四十年勤めた。営業で東京へは何百回も行った。出張先のホテルは、たいてい港区のあのチェーン、もしくは新橋の駅前のあのビル。打合せは丸の内のビルの二十三階、得意先の本社は虎ノ門のあの坂の途中、会食は銀座の路地裏の、もう五代目になるという鮨屋。歓送迎会の二次会は新宿三丁目、もしくは渋谷のセンター街の入口。これだけ並べると、私は東京を相当よく知っているように聞こえる。

けれど、これは「バナナ」を知っているのとは、種類が違う。

港区のホテルから虎ノ門の坂までの間の道を、私は歩いたことがない。タクシーで移動しただけだ。歩いたことのある人にとって、その道は、一本のちゃんとした線である。途中にコンビニがあって、その手前に喫煙所があって、横道に小さな神社があって、神社の脇に古い和菓子屋がある。それを毎日歩いた人にとっては、虎ノ門と港区は、地図の上の二つの点ではなく、足の裏で繋がった一本の道である。

私にとっての東京は、地図の上の点の集まりである。点と点の間が、白く抜けている。バナナで言えば、皮の色だけは知っているが、剥いた時の手応えも、食べた時の繊維の感触も知らない、というのに近い。

経験というものの厚み

昔、若い頃に、哲学の文庫本で読んだ覚えがある。「知っている」というのは、その対象に十分に触れた数だけ深くなる、というような話だった。バークリーだったか、ヒュームだったか、ロックだったか、もう正確には覚えていない。とにかく、人は経験を積み重ねることで、初めて「知っている」と言える。本に書いてあることだけを覚えても、それは「知っている」とは違う、ということを誰かが書いていた。

私はその文庫を、たぶん二十代の終わりに読んで、当時はそれほど深く受け取らなかった。営業で結果を出すためには、本を読むより人に会え、と先輩に言われた頃である。

六十五歳になって、退職して、毎朝バナナを食べていて、急にあの文庫の話を思い出した。

私は「東京を知っている」と思っていた。けれど、私が知っているのは、新幹線の改札から得意先までのタクシーの中の景色、会議室の窓から見える皇居の緑、鮨屋のカウンターの位置、終電の駅のホームの寒さ、それぐらいのものである。住んでいる人にとっての東京——例えば月曜の朝の通勤電車の混み方、家の最寄り駅から駅前のスーパーまでの坂、近所のパン屋の店主の顔、町内会の回覧板に書かれている工事のお知らせ——これらは、私の知っている東京には入っていない。

妻に「住んでみたい」と言ってみた

その朝、バナナの皮をゴミ箱に捨てながら、私は妻に切り出した。「老後の話なんだけど、東京に住んでみたい」。妻は手を止めて、私の方を見た。長い結婚生活の中で、私が突拍子もないことを言うのを何度も聞いてきた目だった。

「どうしたの、急に」と妻は聞いた。「東京には何百回も行ったでしょう」。

「行ったけど、住んだことはない」と私は答えた。「行ったのと、住んだのは違うんだ」。

妻は何も言わずに、私の食べ終わったバナナの皮の入ったゴミ箱の蓋を、丁寧に閉めた。それから、洗い物を再開した。

妻の沈黙は、たぶん「興味がある」「賛成」「反対」のどれでもなかった。妻にとって、東京は私の出張先であって、自分の人生の選択肢には入っていない街なのだろう。妻の経験の積み重ねの中に、東京は私の四十年とは違うかたちで存在している。私の妻は名古屋で生まれて、名古屋で育って、名古屋で結婚した。東京は、夫が時々出かけていく遠い街である。

どこに住みたいかは、まだ分からない

住むなら、どこがいいか。これも考えると、私の中の東京の輪郭がすぐにぼやけてくる。港区は、出張で泊まったホテルの記憶しかない。住むには高い、ということだけは聞いている。渋谷は、若い人の街で、私のような年寄りが歩くと逆に目立つかもしれない。銀座は買い物には行くが、住むという発想がそもそも無い。新宿は、駅周辺の混雑しか知らない。

こうやって並べると、私は東京のどの区も、本当には選ぶ材料を持っていないことに気付く。「住みたい」と妻に言ったのに、どこに住みたいかは、まだ答えられない。

たぶん、本当に住んでみたら、選び方の感覚が変わる。歩いてみて、坂の角度や、商店街の雰囲気、駅から家までの距離、夜の街灯の色、隣の家の生活音、ベランダから見える空の広さ、そういうものを身体で覚えて、初めて、「自分はこの街と合う」「合わない」が分かる。バナナを口にした時の繊維の感触のように、頭ではなく、身体が判定する種類の知り方である。

バナナはまだ食卓の上にある

あの朝の話を、それから三週間、妻とは特にしていない。妻の沈黙が、肯定でも否定でもないことは分かっている。私のほうも、本気で物件を探しているわけではない。退職金と年金で、東京で部屋を借りるのが現実的かどうかも、まだ調べていない。

ただ、台所のバナナの房は、相変わらず妻が買い置きしている。私は毎朝、よく熟れた一本を選んで剥いて食べる。皮の色、形、匂い、繊維の手応え。何百回繰り返しても、まだ少しずつ、バナナのことを私は知り直している気がする。東京についても、たぶん、同じことが言える。点を線にするには、住むしかない。

この秋、妻と二人で、東京に三泊で行ってみようと思う。出張ではなく、観光でもなく、何の用事もなく、地下鉄で適当な駅で降りて、適当な坂を歩く。坂の角度を、足の裏で測ってみる。たぶんそれが、住むかどうかを決める前に、私がやるべきことだ。

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このページの記事はAIを用いて作成・編集されています。バナナを「バナナ」と認識できることに、人が長い時間をかけて触れてきた経験の積み重ねがあるという、ロック・バークリー・ヒュームの経験論の系譜の話を、退職後のワタナベが「東京に住んでみたい」と思った朝に重ねたエッセイです。