ヤエガシモネ(42歳・病院の滅菌技士20年)
四月になると、中央材料室にも新人が来る。窓のない地下の部屋に、まだ折り目のついた制服を着た若い人が立っている。研修の案内係に連れられて、洗浄機の並んだ通路を歩いてくるその顔を見ると、私はいつも二十年前の自分を思い出す。あの頃の私も、たぶん同じ顔をしていた。
今年の子は、配属初日に小さな声で言った。「病院に就職したのに、患者さんに会わない部署なんですね」。私はその戸惑いを知っている。看護や検査を思い描いて入った人が、地下の、誰の顔も見えない部屋に回される。希望とのずれに、しばらく胸がふさがるのも無理はないのかもしれない。私もそうだった。
最初に教えるのは、数を数えることだ。事故の事例を持ち出して脅すやり方もあるけれど、私はそうしない。ただ、出した数と戻った数を、毎日いっしょに数えさせる。一本の重みは、恐ろしい話で教えるものではなく、日々の照合のなかで、指と目に少しずつ入っていくものだと思う。一本、二本、と声に出すうちに、いつかその一本が誰かの体だと、言わなくてもわかる日が来る。
洗浄機のラックの組み方には、人それぞれの癖がある。私のやり方は、内腔のある器械を必ず奥の段に、刃物は刃を下にして手前に立てる。新人にはまず私の手元を見せて、同じように並べさせる。最初はどうしても向きがそろわない。器械が水流の影に隠れて、洗い残しが出る。何度かやり直して、ようやく水の通り道が見えてくる。
難しいのは、名前の暗記だ。鉗子といっても何種類もあって、新人の目には全部同じに見える。私は似た二本を並べて見せる。「先端の角度が違うでしょう」「こっちはギザが細かい」。光にかざして、先端を突き合わせる。説明しても、最初はうなずくだけで、目はまだ追いついていない。それでいい。手が先に覚えて、頭はあとからついてくる。
器械の名前というのは、覚えようとして覚わるものではなく、毎日触っているうちに、いつのまにか体に染み込んでいくものなのだと思う。私もそうやって、二十年かけて、この部屋のすべての器械と知り合いになった。一本ずつ、手のなかで。
先週、その子が初めて一人でセット表を組み上げた。虫垂炎のセット。表の数字を指でなぞりながら、一つずつ器械を置いていく。組み終わって、私とダブルチェックをした。読み合わせていくと、鉗子が一本、表より多い。似た鉗子を取り違えていたのだ。私は叱らなかった。ただ「もう一回、数えてみよう」と言った。その子は自分で気づいて、一本を抜いた。間違いを見つけたのは、その子自身だった。
チェックが終わったあと、その子がぽつりと言った。「この仕事、誰にも気づかれないですね」。私は少し考えてから、こう答えた。「気づかれないことが、うまくいっている証拠なんだよ」。二十年かけて、私はその言い方にたどり着いた。誰にも見られない場所で、見られないことを誇りにする。その言葉を、若い人にどう渡せばいいか、ずっと考えてきた気がする。
気づかれないことが、証拠なのだ。手術がうまくいくとき、誰も中央材料室のことを思い出さない。私たちは、思い出されないために働いている。その静かな誇りを胸に、私は今日もこの子と並んで、出した数と戻った数を数える。四月の地下に、また一人、数を数える人が生まれていく。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。