#1 で 02:38 にコンビニに来た五十代の男を、同じ夜・同じ時間を視点変換して描く。タクシー運転手・加藤マサオ(53歳・勤続15年)の22:00出庫から04:00帰着まで。
加藤マサオ、五十三歳。タクシー運転手、勤続十五年。妻と、大学生の娘。私鉄沿線の駅徒歩八分の建売、ローンはあと八年残っている。
営業所の出庫点呼。運行管理者にいつもどおり「お願いします」と言って、車両キーを受け取る。今日の車は普段と違う。代車だ。前の車は先週、ぶつけられた。後ろから。停車中に。
営業所は東京都内、私鉄沿線。乗務員はおおむね五十代と六十代。三十代もいるが、たまに見るくらいだ。
最初の二時間は、駅前のロータリーで待つ。火曜の夜は、月曜の終電後の空気がまだ少し残っている。乗ってくる客の顔が、まだ仕事の色をしている。
上着の襟を立てた男を駅前で乗せる。家まで、と男は言った。住所は、二駅向こうの住宅街。会話なし。三千二百円。男はカードで払って、降りた。
男の家から、流しに戻る。R246 を西に走る。客は乗らない。火曜の真夜中はそんなものだ。
二駅向こうのファミレスの前で、ハザードを点けて停まる。客は、たぶんこのファミレスから出てくる。深夜帯を再開した、と最近知った。
出てきたのは三十代の男一人。手にはタブレットの入った鞄。
「すみません、◯◯駅まで。」
走りながら、男が窓の外を見ている。電話で、誰かに、出張の連絡をしていた。話の内容は聞こえないふりをする。十五分ほどで駅に着いた。男はカードで払って、駅の改札に消えた。
駅前タクシー乗り場に戻ると、もう三台しか並んでいない。四番目に並ぶ。ここから二時間は、流しに出ても客が乗らないので、列で待つほうが効率がいい。
エンジンをかけたまま、シートに深く腰を沈める。膝が痛い。膝は十年前から痛い。整形外科では「使い続ける仕事だから、付き合うしかない」と言われている。
ラジオは、聞かない。先輩の運転手はラジオを点けっぱなしにする人が多いが、俺は、無音のほうが楽だ。
二時間で二人乗せた。一人目は二十代女性、財布を忘れたと言って、家から出てきた家族(たぶん母親)が玄関で支払った。二人目は四十代男性、酒臭い、寝てしまった、起こすのに二回声をかけた。
03:30 になりかけている。もう客は来ないと判断する。営業所に戻る前に、コンビニに寄る。
ここの店に、火曜と木曜は、寄る。水曜は寄らない。水曜は別のコンビニ、もう一駅手前の店だ。理由は、自分でも、説明できない。たぶん最初に偶然そうなって、それが習慣になっただけだ。
店の前の路肩に、ハザードを点けて停める。
入っていく。レジには、いつもの三十くらいの男が立っている。たぶん常連だが、お互い、顔を覚えているような覚えていないような距離を保っている。それでいい。
缶コーヒーの棚へ。微糖の、いつもの。レジへ。
「ありがとうございます。」
「あ、どうも。」
それだけ。タクシーに戻る。発車する。
R246 を東へ走る。流しではない。営業所に戻る。
途中、信号で止まったとき、後部座席に目をやる。誰もいない。当然だ。誰も乗っていない。ただ、夜のタクシーは、後ろに誰もいない時間の方が長い。後ろの席のヘッドレストの形が、いつも、誰かの頭の影に見える。十五年やっていても、それは慣れない。
営業所着。日報を書く。今日の売上は二万八千円。火曜の夜としては、少し低い。先週は三万二千円だった。
着替えて、自転車で帰る。家まで二十分。家は、私鉄沿線の駅から徒歩八分の建売だ。妻は寝ている。大学生の娘も、寝ている。
冷蔵庫から麦茶を出して、立ったまま飲む。シャワーを浴びて、寝る。明日は休み。
明日は、整形外科に行こうか、と思う。膝。けれど、行ってもいつもと同じことを言われる。「使い続ける仕事だから、付き合うしかない」。
それで、たぶん、行かない。
→ 第二稿:02:38 のハザード(v2・書き直し)
→ 研究室4人による建設的批判
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本作は「夜勤の人たち」シリーズ #2・第一稿。タクシー運転手・加藤マサオ(53歳・勤続15年・妻と大学生の娘)の、火曜の22:00出庫から翌朝04:00帰着までの6時間。シリーズ #1 の主人公ナリタが立つ深夜コンビニに、02:38に缶コーヒー(微糖)を買いに寄る場面が、同じ夜・同じ瞬間を視点変換して描かれる。「ありがとうございます/あ、どうも」だけの30秒のレジ越しの挨拶が、片方ではナリタの観察、もう片方では加藤の習慣として並列に立ち上がる仕掛け。