襖の、紙(第二稿)
張り替えの度に、誰かの時間が出てくる

ヤクモソウスケ(58歳・表具師36年)

表具の仕事を三十六年してきた。書や絵を掛軸に仕立てるのが本来だが、町場の表具師にはもう一つ仕事がある。襖の張り替えだ。掛軸は年に何本もないが、襖は季節ごとに来る。掛軸で覚えた糊と紙の加減を、私は襖でそのまま使ってきた。

襖は一枚の紙に見えて、中は層だ。骨があり、その上に下張りを重ね、いちばん上に襖紙が来る。骨縛り、胴張り、蓑張り、清張りと段を踏んで、ようやく表の一枚が乗る。先日解いた一本は、下張りが七枚あった。表に見えるのは最後の一枚で、下の六枚は、張った私以外もう誰も見ない。

下張りには反故紙が使われたから、古い襖を解くと昔の新聞が出てくる。その七枚の下から、昭和六十三年の運動面が出た。見出しに「ソウル」とあった。オリンピックの年だ。私が弟子入りして二年目、まだ糊炊きと掃除しか任されていなかった年の新聞を、三十八年後に自分の手で剥がしている。張った表具師は、この紙をいつか誰かが剥がすとは思っていない。下張りはそういう紙だ。

上張りの襖紙には鳥の子があり、織物を貼ったものがあり、機械で漉いた量産紙がある。値段は十倍ちがう。客間には鳥の子を勧め、子供部屋には量産紙でいいと言う。施主はたいてい全部に鳥の子を入れたがり、私は子供部屋だけ止める。子供は襖に絵を描く。描かれて惜しい紙を、子供部屋に入れる必要はない。

襖紙を張ったら、引手を入れる。古い引手を外し、新しい座の大きさに合わせて紙を切る。定規は当てない。座を紙に伏せ、爪で当たりをつけ、その線で切る。一ミリ広く切れば座と紙のあいだに白い隙が出て、そこだけ素人の仕事になる。一日に何十枚も張った日でも、引手の一ミリだけは、急がない。

張る前に、襖は枠から外す。縁は釘で留まっている。私は上の縁、下の縁、それから右、左の順で抜く。この順なら枠が捻れない。逆から抜くと組み直したとき建て付けが狂い、開け閉めのたびに擦れる音が出る。歪ませずに外せた襖だけが、歪まずに戻る。

梅雨の張り替えはむずかしい。湿気が高いと糊が乾かず、生乾きで枠に入れれば後で波打つ。だから梅雨は糊を薄め、乾きを一日多く読む。去年の梅雨、急かされて半日早く建て込んだ一本が、夏に表で波を打った。張り直した。乾きは表から見えない。下で進む。掛軸の仮張りで覚えたことを、私はまた襖で間違えた。

団地の襖とマンションの襖は、寸法が違う。団地は規格の三尺幅が多く、襖紙を切らずに一枚で張れる。新しいマンションの和室は幅が狭く半端で、紙を裁って継ぐことになる。引手も、団地は彫り込みの木地が多く、マンションは樹脂のものが増えた。和室は減った。それでも納品の日、新しい襖を建て込むと、施主が「ああ」と言う。それだけ聞いて、私は道具を片づける。

三十六年で張った襖は数えていない。表に出るのは最後の一枚で、下の六枚も、私の名も出ない。覚えているのは、昭和六十三年のソウルの見出し。引手の一ミリ。夏に波を打った一本。そういう、誰も見ない側のことばかりだ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。