裏打ちの、紙
表具屋に入った年、脇役になると決めるまで

ヤクモソウスケ(58歳・表具師36年)

表具という仕事を三十六年続けている。書や絵を、掛軸や額に仕立てる仕事だ。絵を描くのは絵師、字を書くのは書家で、私はそのまわりと裏を整えるだけの人間である。三十六年、私は本紙の裏ばかりを見てきた。

表具師は縁の下の力持ちだと、よく言われる。本紙より目立ったら失敗だ、と親方に教わった。脇役に徹してこそ主役が生きる。古くからそう言い伝えられてきた、味のある仕事だったと思う。

弟子入りしたのは一九九〇年、二十二歳の春だった。仕事場には朝から糊を炊く匂いが静かに満ちていて、窓の外には春の雨が降っていた。親方は無口な人で、最初の数ヶ月、私に任されたのは糊炊きと掃除だけだったように思う。

裏打ちというのは、本紙の裏に薄い和紙を貼って、紙を支えてやる工程だ。糊を引いた刷毛を、本紙に触れさせず裏の紙だけに当てて、空気を抜きながら撫でていく。糊が濃ければ紙が硬く突っ張り、薄ければ剥がれる。その加減を、親方は「手が覚える」としか言わなかった。私はしばらく、その意味を考えていた。

糊にも種類がある。炊きたての新糊は粘りが強く、何年も寝かせた古糊は粘りが落ちて柔らかい。仕立て直しを見越す箇所には古糊を使う、と教わった。仕事場の隅には、いつ炊いたとも知れない糊の壺が並んでいて、味のある匂いを漂わせていたのだと思う。

仕立てには裂地——軸を飾る布の取り合わせもある。本紙の格に布の格を合わせ、色を響かせる。派手にしすぎれば布が絵に勝ってしまう。控えめにしすぎれば絵が痩せる。親方は裂を本紙の横に置いては、黙って首を振ったり頷いたりしていた。布選びにも文法のようなものがあるのだろうと、私は思った。

あるとき、百年ほど前に仕立てられた古い軸の、仕立て直しを任された。古びた表具を解体し、本紙の裏から旧い裏打ちを剥がしていく作業だ。湿しを当て、息を詰めて、一枚の和紙を少しずつ起こす。剥がれた裏紙の向こうに、百年前の表具師の刷毛の運びが残っていた。その人も、本紙の裏で、誰にも見られない仕事をしていたのだ。私はしばらく手を止めて、その意味を考えていた。

裏打ちを終えた本紙は、仮張りの板に貼って乾かす。紙は湿れば伸び、乾けば縮む。急がせれば波打ち、皺になる。板の上で何日寝かせるかは、その日の天気と紙の機嫌で決まるのだろう。軸先や紐といった小物の見立ても、巻いて掛けるための機構として、おろそかにはできない。表具とは、こうした地味な工程の積み重ねなのだと思う。

あれから三十六年。何本の軸を仕立てたか、もう数えていない。表具とは絵を仕立てる仕事だと思われがちだが、本当は、絵を何年生かすかを決める仕事なのだと、いまでは思う。本紙の寿命は裏が決める。裏が表を生かすのだ——その一枚の紙が、私をいまの私にしてくれた。仕事場の糊の匂いは、今日も静かに漂っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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