核は強い。「ここの立ち上がり、もう少し肉を」という塗師の一言、布着せと錆下地に自分の螺旋が沈んでいく工程、別物の黒になって戻ってきた椀、研ぐ職と洗う職の手入れの逆さま。この四つは、木地師が分業の向こうを覗いた回でしか書けない、固有のものだ。問題は、書き手がその四つを信用せず、「職人の絆」という既製の叙情で場面を包み、最終段で「分業の向こう側を見た」と自分で主題を解説して回収してしまっていることだ。前作で克服したはずの留保語尾も、また顔を出している。職業エッセイは、職業の手つきが正確なら核だけで立つ。装飾を足すほど、核の値打ちが下がる。
「私はその日、分業の向こう側を見たのだ。見えなくなる仕事の、その先に、もう一人の見えなくなる仕事があった。」
このエッセイ全体が「分業の向こう側を見た」話なのだから、それを末尾で語り手自身に言わせるのは、答えを先に書いて丸を付ける行為です。「もう一人の見えなくなる仕事」も、前作の「見えなくなる仕事こそ丁寧にやれ」を自分で再利用した抽象語で、その場で手に持った別物の黒い椀の重さの方が、よほど強くそれを言っている。読者が自分で気づくべきことを、作者が先回りして言葉にしてしまっている。
「職人同士の縁というのは、こうして少しずつ深まっていくものなのだろう。」
これは観察ではなく、注文どおりに出てくる常套句です。十何年つき合って初めて奥へ通された、というその事実だけで縁の質はもう書けている。そこに「縁は深まる」という一般論を足した瞬間に、二人の関係はどの職人エッセイにも貼れる量産品になる。同じ段の「自分がいかに自分の仕事しか知らなかったかが、しみじみと分かった」も、感想を述べただけで、何を見て知ったのかが無い。
「少し息苦しいような気もした。」「削る手の意味は、少し変わってしまった気がする。」
この語り手は、前作で「そこまで挽けるなら、そこで止めろ」と教わり、指の腹で厚みの段を読む人間です。湿気が息苦しいなら息苦しいと、手の意味が変わったなら変わったと、断定できる。「気もした」「気がする」を二度重ねるのは、怯えではなく、断言を避ける作者の保険に見える。とくに最終段の「変わってしまった気がする」は、エッセイ全体の結論を自分で薄めていて、いちばん効かせたい一文を逃げの語尾で台無しにしています。
「壁には刷毛が並んでいた。(…)大小の漆刷毛が掛けてあった。」
「大小の漆刷毛」は概念であって観察ではない。漆刷毛は人毛でつくり、使うたびに先を削って短くしていく道具です。実際にその壁を見た木地師なら、毛の色か、柄の漆の染みか、自分の刃と違って刃物気がないことか、何か一つ具体が出るはずです。室の湿度も「湿気がこもっていた」で済ませているが、頬に来るのか、木地の白い肌が湿りを吸うのが分かるのか——乾いた職人が初めて入った室なら、体のどこかで湿度を受けたはずで、そこを書かないと「正反対の空気」がただの説明に留まる。
「漆は乾くのに湿度がいるのだと、初めて知った。」「塗ってみて初めて分かる木地の癖というものが、あるのだった。」
どちらも、場面が見せたことを地の文で言い直しています。室の湿気を体で受ければ「漆は湿度で乾く」は読者が察する。ハリマさんが立ち上がりを指でなぞって「肉を残せ」と言えば「塗ってみて分かる癖」は説明不要です。「初めて知った」「あるのだった」と種明かしを添えるたびに、せっかくの具体(室の湿気・肉の指摘)が、結論への踏み台に格下げされる。
「研ぐ職と、洗う職。手入れの作法は逆さまだったが、道具を生かして使い切るという一点だけは、淡々と同じだった。」
「逆さまだが一点だけ同じ」という対句が、いかにも生成された綺麗なまとめです。せっかく「鉤型の刃を毎朝研ぐ」「漆刷毛を菜種油で洗って寝かせる」という具体を二つ出したのに、その直後で抽象的な総括に畳んでしまう。談義を淡々と書くなら、たとえば研ぎと油洗いで二人の手がどう違って荒れているか、片方は鋼の匂い片方は油の匂いか——手そのものを見せれば、「同じだ」は書かなくても伝わる。対句は手つきの代わりにはならない。
「それ以上は、互いに多くを語らなかった。」
この一文は、寡黙な職人を出すどんなエッセイにもそのまま置ける汎用文です。本当に多くを語らなかったのなら、その沈黙の中で二人の手が何をしていたか(刷毛を棚に戻したのか、私が箱を畳んだのか)を書く。沈黙を「語らなかった」と説明した時点で、沈黙は描写ではなく要約になります。
残すべきは四つ。いつもは玄関先で終わる受け渡しが奥へ通された事実、「ここの立ち上がり、もう少し肉を」の指摘、布着せ・錆下地に自分の線が沈む工程、手に持って重さだけが自分のものだった別物の黒。削るべきは、「職人の絆」の一般論、「気もした/気がする」の留保語尾、「初めて知った/あるのだった」の種明かし、最終段の「分業の向こう側を見た」という主題解説。改稿では、室の湿度と漆刷毛を一つでいいから具体で見せ、刃と刷毛の談義は対句に畳まず手のまま残し、結びは「削る手の意味が変わった」と説明せず、帰りの車で自分の指が何を確かめていたかという動作で閉じてください。意味は動作が運ぶ。説明が運ぶのではない。