塗師の、手
自分の挽いた線が、漆の下に沈んでいく工程を見た日

ヤマガコウタ(46歳・木地師24年)

削った木地は、塗師に渡す。二十四年、ずっとそうしてきた。けれど私が渡しているのは、いつも玄関先だった。白木の椀を詰めた箱を渡して、空の箱を受け取って、それで終わり。私の仕事はそこまでで、向こうで木地に何が起きているのかを、私は一度も見たことがなかった。

その日は、納める数がいつもより多かった。ついでに中を見ていけと、塗師のハリマセイジさんが言った。五十五で、塗師を三十三年やっている人だ。玄関の上がり框をまたいで奥へ通されたのは、十何年もつき合って、初めてのことだった。職人同士の縁というのは、こうして少しずつ深まっていくものなのだろう。

工房の中は、私の木地場とは正反対の空気だった。木地場は乾いた削り屑の匂いで、空気が軽い。ハリマさんの工房は、奥に「室(むろ)」という塗った漆を乾かす部屋があって、そこだけ湿気がこもっていた。漆は乾くのに湿度がいるのだと、初めて知った。乾いた手で生きてきた私には、その湿った重い空気が、少し息苦しいような気もした。

壁には刷毛が並んでいた。木地場の壁に刃が並んでいるのと同じように、ハリマさんの壁には、大小の漆刷毛が掛けてあった。私の刃は研ぐ道具、向こうの刷毛は洗う道具。同じ職人の壁でも、掛かっているものがまるで違う。それを眺めていると、自分がいかに自分の仕事しか知らなかったかが、しみじみと分かった。

私の渡した白木の椀を、ハリマさんは一つ手に取って、指で内側の立ち上がりをなぞった。「ヤマガさん、ここの立ち上がり、もう少し肉を残してくれると塗りやすいんだ」。底から縁へ立ち上がる、その付け根のところだ。私は薄く挽くのを良しとしてきたが、薄ければ塗りの厚みを足したとき、形が痩せて見えるらしい。塗ってみて初めて分かる木地の癖というものが、あるのだった。

下地の工程を見せてもらった。布着せといって、椀の縁や底に薄い布を漆で貼る。その上に、砥の粉と漆を練った錆下地を塗り込めて、研ぐ。私が指で読んだ厚みの段も、刃の通った螺旋も、その下地の中に沈んでいく。自分の挽いた線が、漆と布と砥の粉の下に、一枚ずつ消されていくのを、私は黙って見ていた。

棚に、塗り上がった椀が並んでいた。ハリマさんが一つ取って、「これ、ヤマガさんのだよ」と渡してくれた。何か月か前に私が渡した白木の椀が、黒く深い艶になって戻ってきていた。手に持つと、重さの記憶だけが私のもので、肌も色も、もう別物だった。私の木地は、ここで別の人間の手を通って、別物の黒になる。

帰り際、互いの道具の話を少しした。私が鉤型の刃を毎朝研ぐ話をすると、ハリマさんは漆刷毛を菜種油で洗って寝かせる話をした。研ぐ職と、洗う職。手入れの作法は逆さまだったが、道具を生かして使い切るという一点だけは、淡々と同じだった。それ以上は、互いに多くを語らなかった。

帰りの車で、私は自分の精度のことを考えていた。これまで、薄く挽くことが腕だと思ってきた。けれど私の精度は、私一人で完結するものではなく、ハリマさんの刷毛が乗る土台だったのだ。私はその日、分業の向こう側を見たのだ。見えなくなる仕事の、その先に、もう一人の見えなくなる仕事があった。明日からも私は轆轤を回すが、削る手の意味は、少し変わってしまった気がする。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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