核は強い。十三年前で止まった最終貸出日のスタンプ、貸出百回超で背の割れた『はらぺこあおむし』級の絵本、そしてリサイクル市の長机で十三年眠った文庫が誰かの鞄に収まっていく一瞬。この三点だけで一本立つ。問題は、書き手がその三点を信用せず、「朝の光」で部屋を飾り、「官僚的な硬さ」を自分で言葉にして解説し、最終段で「看取る」という大きな比喩を持ち出して全部を回収してしまっていることだ。除籍は静かな事務作業であって、葬式ではない。司書の手つきで書けば、感情は道具のほうから勝手に立ち上がる。それを先回りして言葉にした瞬間、職業エッセイは説明文に落ちる。
「本の終わりを看取るのも、また司書の仕事なのだと、いまでは思う。」「朝の光の中で除籍印を押すたびに、私はそのことを静かに噛みしめている。」
職業エッセイの末尾に貼れる汎用シールを、自分で貼って終わっています。「〜もまた司書の仕事なのだと、いまでは思う」は、デビュー作の「見なかったことにする手つきこそが、この仕事の本体なのだ」と同じ判子で、語り手が二作目で早くも自己模倣に入っている。しかも「静かに噛みしめている」で抒情の駄目押しまでしている。読者に渡すべき余白を、作者が先に埋めてしまっている。
「まだ照明を半分しか点けていない部屋で、朝の光が書架のほうから静かに差し込んでくる。その光の中で、私は処分の決まった本を一冊ずつ手に取っていく。」
朝の光、半分の照明、書架、静けさ。「文学的な事務室」を安く調達しています。十二年そこにいた人間なら、出てくるのは光ではなく、朝いちばんに点けるブックトラックの軋みか、まだ温まらない蛍光灯のちらつきか、台帳のページをめくる手の冷たさのはずです。さらに同じ「光」を最終段でもう一度使って締めており、装置への依存が露骨。雰囲気が人物より先に立っており、生成された“それっぽさ”の典型。
「和食の基本、というような題だったと思う。」(※デビュー作)/本稿では「教えられたのは一年目の冬だったと思う。」「たぶん耐用の限界というものがある。」「役目を終えたのだと思った。」
除籍は記録と手続きの作業です。最終貸出日も貸出回数も、システムに数字で残っている。それを扱う語り手の回想が「〜だと思う」「たぶん」で薄まっているのは、断言を避ける作者の保険に見える。「たぶん耐用の限界がある」のところは致命的で、この語り手なら台帳の貸出回数という具体的な数字を持っているのだから、推量ではなく事実で押せるはずです。留保は謙虚ではなく、観察の放棄です。
「表紙のブッカーフィルムが端から黄ばんで剥がれかけた絵本もあった。背は割れ、角は丸くすり切れている。」
ここは惜しい。観察に近づきかけて、止まっている。本当に百回貸された絵本を手にした司書なら、傷みには場所の偏りがあると知っているはずです。『はらぺこあおむし』なら、あおむしが食べ物を貫く穴のページだけ角が真っ黒で、そこだけフィルムが指の脂で曇っている——そういう一点が出れば、百回の手が見える。「背は割れ、角はすり切れ」は、どの古い絵本にも言える概念であって、この一冊の観察ではない。
「本を捨てることを、こんなに官僚的な硬さで言うのか、と。籍を除く。人を戸籍から外すときと同じ言葉だ。」
「官僚的な硬さ」という評語を語り手が自分で言ってしまうと、読者が言葉から受け取るはずの硬さの体感が消えます。硬さは、台帳の罫線、ゴム印の規格、「除籍」の二文字の朱、抹消処理という用語——そういう即物的な手続きの描写から、読者の側で立ち上がるべきものです。「戸籍と同じ言葉だ」という気づきも、説明するより、人を消すのと同じ判子を本に押している自分の手を即物的に書くほうが効く。
「本の終わりに立ち会うときも、私が見ているのは本だけで、人ではない。」「貸すこと、受け取ることと同じくらい、終わらせることもこの仕事の一部だ。」
「立ち会う」「看取る」「終わらせる」と、死の比喩を三度も持ち出して主題を抽象語で言い直しています。除籍はバーコードに斜線を引いてゴム印を押す事務であって、臨終ではない。比喩を大きくするほど、十三年動かなかったスタンプという即物的な事実の値打ちが下がっていく。エッセイの主題を主題文として書いたら、それはもうエッセイではなく要約です。「看取る」は一度たりとも書かず、判子を押す手の動作だけで運ぶべきです。
「読まれなかった本のきれいさには、どこか申し訳のような気配がある。」
言いたいことは分かるし、惜しい一文です。が、「どこか〜のような気配がある」は、料理人の使われない皿にも、教師の出席しない生徒の机にも、そのまま置ける汎用の感傷です。十三年無傷の文庫を前にした司書だけが書ける即物を一つ——たとえばページがいまだに固く、開くとぱきっと音がする、糊が一度も折られていない——置けば、「申し訳のような気配」と言わずに、読まれなかった寂しさが立ち上がります。
残すべきは三つ。十三年前で止まった最終貸出日のスタンプ(無傷の文庫)、貸出百回超で穴のページだけ擦り切れた絵本、そしてリサイクル市の長机で本が誰かの鞄へ帰っていく一瞬。削るべきは、朝の光の書き割り、「官僚的な硬さ」「看取る」といった自己解説、留保語尾、最終段の主題まとめ。改稿では、「官僚的」「看取る」という評語を一度も使わず、ゴム印・朱肉・斜線・抹消処理という手続きの即物だけで硬さと別れを運んでください。絵本は「穴のページの角だけ黒い」という一点に絞り、無傷の文庫は数字(最終貸出日)と物理(開くと固い)で寂しさを出す。意味は動作と物が運ぶ。説明が運ぶのではない。