盆提灯の、箱
初盆の家から家紋を聞き、紋帳をめくった夏

ユゲタマオ(29歳・提灯職人10年)

提灯をつくって十年になる。夏になると、祭りの提灯と盆の提灯が、同じ工房に並ぶ。祭りの提灯が町へ吊られていくのと入れ替わるように、盆提灯の箱が、静かに積まれていく。祭りの灯りが外を向く灯りなら、盆の灯りは内を向く灯りなのだと思う。

初盆の家からの注文は、たいてい電話で来る。先方は家紋の名前を、うろ覚えで言う。「丸に何とか、だったと思うんですが」。私は紋帳を開いて、似た形を指でたどりながら確かめていく。剣片喰と片喰、丸に違い鷹の羽と並び鷹の羽。一画の違いが別の家になる。だから、口で聞いた名は信じきらない。仏壇の写真を一枚、送ってもらうこともある。

盆提灯には、決まりごとがある。初盆の家には、白い無地の白紋天を吊る。二年目からは、絵柄の入った提灯でよい。蓮や萩や桔梗を描いたもの、なかには回転灯籠といって、内側の筒が灯りの熱でゆっくり回り、影絵が火袋に流れるものもある。地域によって習わしは違って、白を一対そろえる土地もあれば、一張りで足りる土地もある。私は、その家の土地のやり方に合わせる。

回転灯籠の仕掛けは、単純だ。灯りの熱で上の羽根車が回り、内筒が回り、外の火袋に切り絵の影が流れていく。早く回りすぎても、止まってもいけない。私は組み立てたあと、必ず火を入れて、影がちょうどよい速さで流れるかを見る。故人を偲ぶその灯りが、静かに回り続けるのを見ていると、こちらまで心が鎮まるようだった。

お盆が終わると、仕舞いの相談が来る。毎年出す家は、提灯を畳んで桐の箱にしまい、また来年出す。一度きりの家もある。初盆の白紋天は、その年限りで納める習わしの土地が多い。けれど近ごろは、白くても毎年使いたいという家も増えた。どちらがよいということは、私は言わない。箱にしまうか、納めるか。それはその家の弔いの形なのだろう。

修理に届く盆提灯もある。何十年も、初盆から毎年使われてきた一張り。火袋の紙はすっかり飴色に焼けて、骨だけが古びて残っている。私はその古骨を生かして、紙を張り替える。骨はまだ締まっている。新しい生成りの紙を貼り、火を入れると、灯りが戻る。何十年ぶんの夏を見てきた骨に、また灯りがともる。

納品は、玄関先でのことが多い。仏間まで上げてもらうこともあるが、たいていは三和土で受け渡す。私は、お悔やみを言いすぎないようにしている。「お納めください」と、それだけ。職人がその家の悲しみに踏み込むのは、違う気がする。灯りを届けるのが、私の仕事だ。短いやり取りのあと、私は頭を下げて、その家を出る。

祭りの提灯から盆の提灯へ、手は切り替わる。同じ竹の骨に、同じ刷毛で紙を貼っていても、騒がしい灯りと静かな灯りでは、紙の白さも字の太さも違う。けれど、私の手はそれを感傷ではなく、一枚の注文として扱う。白紋天の白も、赤提灯の赤も、私にとっては張るべき一枚の紙なのだ。

夏のあいだ、私はその両方を同じ手でつくっている。賑わいの灯りと、弔いの灯り。けれど、考えてみれば、祭りの灯りも盆の灯りも、人が誰かを思って吊るす灯りなのだ。それを同じ手でつくれるということを、私はこの仕事の幸いだと思っている。今年も、無事に盆提灯の箱を納め終えた。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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