新蕎麦の、初打ち(第二稿)
その年の蕎麦と、初めて手のひらで会う数週間

アクツトモヤ(54歳・手打ち蕎麦屋30年)

製粉所からの便りは、毎年だいたい十月の半ばに来る。封を切る前に、私は手のひらで紙の厚みを確かめる。一枚なら作柄の知らせだけ、二枚なら今年は何か変わったことがある。今年は二枚だった。

一枚目には、北の畑が夏の長雨で実の入りが薄く、その分こちらの高原のものが粒よく揃った、と書いてある。夏のあいだ、私は空を見て案じているだけで何もできない。雨が続けば蕎麦の花が流れる、と思いながら、ただ天気予報を眺めていた。その夏の答えが、秋になって、粉のほうから返ってくる。私の心配が当たったか外れたかを、製粉所は粉で教えてくれる。

翌朝、その新蕎麦の袋を木鉢のわきに立てる。封を切ると、いつもの厨房の匂い——蕎麦殻の低い匂いと、釜の湯気の匂い——の上に、もう一つ別の匂いが乗る。刈った草の、まだ乾ききらないあたりの匂いだ。これは古い粉の袋を開けても出ない。新蕎麦の、挽きたての数週間だけ、この匂いが厨房のいちばん上にくる。

水回しに入る。新蕎麦は、水を食う。半分を差して握ったとき、古い粉ならもう「足りた」という割れ方をするところで、今年の粉は拳をひらいてもまだ白く乾いて、ほろりと割れない。あと半差し。差して、また握る。今年は北の長雨のぶん、こちらの粉がよく乾いている。手の中の乾き具合が、一枚目の便りと合った。私は数字を量らない。今年の蕎麦が今年どれだけ飲むかは、この朝、拳のひらき方で決まった。

店の戸口に、女房が毛筆で書いた「新蕎麦あります」の紙を貼る。毎年使い回しの、端の黄ばんだ一枚だ。この紙を出すと、必ず三日のうちに来る客がいる。去年までは奥さんと二人で、いつも入って右の、釜のいちばん遠い席に座った。今年は一人で来て、同じ席に座り、「今年も出たね」とだけ言って、品書きを見なかった。私は黙って、いつもより少し多めに盛った。

この時期だけ、茹でと出汁を半呼吸ずらす。香りを湯に逃がしたくないから、上げる頃合いを早める。出汁は引きを一段薄くして、蕎麦の香りに出汁がかぶさらないようにする。客に出す前、自分で一本だけ手繰る。鼻に抜けるあの草の匂いがまだ残っていれば、出す。それだけのことだ。

ある朝、袋を開けても、厨房のいちばん上にあの匂いが乗らなくなっていた。蕎麦殻と湯気の匂いに、もう紛れている。その朝、私は手を拭いて、戸口の紙の前に立った。「新蕎麦あります」の「新」の一字を、女房の字を傷つけないように、上から白い紙を貼って隠した。残りは去年の紙のまま、また来年まで使う。

翌朝も、いつもと同じ時間に木鉢の前に立つ。袋は、もう新蕎麦ではない。それでも蕎麦は乾いていたり湿っていたりして、握ればやはり何か言う。私は半分を差して、残りを手に取っておく。来年の十月、また製粉所の封を、手のひらで厚みから確かめる日まで。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。