日曜の、店
釜を焚かない朝のこと

エグチケンタロウ(50歳・豆腐店三代目)

うちは日曜に休む。商店街の定休日はばらばらで、八百屋は水曜、魚屋は火曜、花屋は月曜と決まっているが、豆腐屋は日曜に休む店が多い。理由は単純で、配達先の飲食店が日曜に休むからだ。届ける先がなければ、作る量が成り立たない。朝に三百丁こしらえても、引き取り手の半分がいない日は、水槽の中で豆腐が静かに余っていくのを見ているしかない。だから休む。休むというより、作れないのだ。

とはいえ、体は日曜も四時に目が覚める。二十八年、毎朝四時に起きてきた体は、休めと言っても聞かない。窓の外はまだ青暗くて、表通りはしんとしている。階下に降りても、いつもなら鳴っているはずの釜の音がない。火を入れない朝の店というのは、こんなにも静かなものなのかと、日曜のたびに思う。湯気のない店は、どこか所在なげに見える。

日曜は、釜の掃除をする。一週間焚いた釜の内側には、豆乳の薄い膜がこびりついている。これを束子でこすり落とす。湯を張って、ふやかして、また落とす。豆腐を作らない日にしかできない仕事だ。釜をのぞき込んでこすっていると、平日には見えない釜の地肌が出てくる。ああ、この鉄でうちの豆腐はできているのだ、と妙にしみじみしてしまう。

店先には「日曜定休」の貼り紙がある。父の代から同じ紙で、角が反って、文字が日に焼けている。日曜の朝、散歩の人がときどき表に立って、その紙を読んでいる。「日曜もやってくれたらねえ」と、ガラス越しに言われることがある。ありがたい声だと思う。けれど、日曜もやれば、作る量が増え、休む日がなくなり、いつかは手が荒れて、豆腐の出来が落ちる。日曜に作らないことで、私はたぶん、品質と体の両方を守っているのだと思う。

休んでいても、店の電話は鳴る。日曜にかかってくるのはたいてい新しい客で、「今日はやっていますか」と訊いてくる。やっていません、と答えると、たいてい少し残念そうな声になる。古い客は、もう日曜にはかけてこない。うちが日曜に休むことを、体で覚えてくれている。電話が鳴らない常連と、電話をかけてくる新しい客。その境目に、二十八年という時間が横たわっている気がする。

商店街の店は、互いの定休日を覚えていて、その隙間で買い物をする。火曜が休みの魚屋は、月曜のうちにうちの厚揚げを買いに来る。私は私で、魚屋が休む火曜の前に、月曜のうちに魚を買っておく。八百屋の水曜の前には、水曜に使う野菜を火曜に仕入れる。誰も口に出して決めたわけではないのに、商店街全体が、互いの休みを縫うようにして回っている。定休日のマップが、頭の中に一枚、いつのまにか刷り込まれている。

日曜の夜から、月曜の仕込みは始まっている。大豆を水に浸ける。浸漬の時間が、翌朝の豆腐を決める。短ければ芯が残り、長すぎれば間延びする。夏は短く、冬は長く。日曜の夜、桶に大豆を張って水をひたひたに注ぐと、乾いた豆が水を吸って、ゆっくりと膨らんでいく。明日の店は、もう今夜のこの水の中で始まっているのだ。休みの日の終わりに、私はまた次の朝の準備をしている。

月曜の朝、二日ぶりに釜に火を入れる。冷えていた鉄が温まり、最初の湯気が立ちのぼる瞬間は、何度やっても少し胸が高鳴る。日曜の静けさを一晩越えて、店がまた息を吹き返す。湯気が表のガラスを曇らせ、大豆の匂いが通りに出ていく。シャッターを上げると、月曜の客が待っている。日曜に休んだぶん、月曜の店は少し元気だ。

休むことも、仕事のうちなのだ。日曜に作らないからこそ、月曜から土曜までの豆腐が保たれている。釜を焚かない静かな朝も、定休日の貼り紙も、商店街の互いの買い物も、すべては作りつづけるための仕組みなのだと、いまでは思う。今日も日曜、私は四時に目を覚まし、釜の掃除をして、夜には大豆を水に浸ける。休みながら、店はちゃんと回っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。