エグチケンタロウ(50歳・豆腐店三代目)
うちの豆腐は、水に泳がせて売る。店先のステンレスの水槽に水を張り、その中に豆腐を浮かべておく。客はその水の中から、欲しいぶんだけすくってもらう。豆腐そのものより先に、客はその水を見ている。これは父に教わったことだが、教わるよりずっと前から、私はそれを知っていたような気がする。
家業に入ったのは一九九八年、二十二歳の春だった。最初に任されたのは、配達でも釜でもなく、水槽の水の入れ替えだった。朝、店を開ける前に、前の日の水を抜き、洗い、新しい水を張る。それだけの仕事だ。父は「まずこれをやれ」と言った。豆腐を作るより先に、水をやれ、と。
朝靄の残る四時の仕込み場には湯気が立ち上り、釜からは大豆の甘い匂いが静かに満ちていた。父はもう何時間も前から起きて、豆を煮ていた。私はまだ豆腐の作り方を何も知らなかったけれど、水を抜くことだけはできた。ホースを差し込み、底の栓を抜くと、ごぼごぼと音を立てて昨日の水が落ちていく。
そのとき父が言った。「水を見れば店が分かる」。濁った水で豆腐を泳がせている店からは、豆腐を買うな。そういう不文律が、この商売にはある。水が濁るのは、替えていないからか、豆腐の出来が悪くて崩れているからだ。どちらにしても、その店の手が荒れている証拠なのだろう、と父は言った。客は豆腐の味の前に、まず水の透明さを見て、その店を信じるか決める。
水には温度がある。夏は冷たく、冬はあまり冷たくしすぎない。豆腐がいちばん落ち着く温度というものがあって、それは数字ではなく、手を入れたときの感じで決める。私はその朝、初めて水に手を入れた。冷たかった、としか言えない。父の手は、同じ水に入れても、たぶん違うものを感じていたのだと思う。
豆腐は、固める前の豆乳の艶でだいたい出来が分かる。にがりを打つ前の、湯気の立つ豆乳の表面が、てらりと光るかどうか。光れば良い豆腐になる。にがりの打ち方、寄せの時間、そういうものは後から覚えた。けれど水の入れ替えだけは、いまも私が最初にやる。二十八年、毎朝やってきた。
スーパーのパック豆腐と、なぜ値段が違うのかと客に訊かれることがある。昔は「ものが違う」と答えていた。今は、水のことを話す。うちは毎朝この水を替えている、その手間のぶんです、と。豆腐は同じ大豆とにがりからできる。違うのは、たぶん水と、手の数だ。
夕方、売れ残った豆腐は、水槽の隅に少しだけ残る。閉店間際の水槽は、朝の張りを失って、どこか疲れて見える。残った豆腐は捨てない。翌朝、厚揚げや油揚げにして、二度揚げして売る。一度目で形を決め、二度目で色をつける。店の中で、豆腐は静かに循環している。むかし祖父の代には、ラッパを鳴らして売り歩いていたという。その音を、私は知らない。
あの朝、初めて水を抜いた日から、私はずっと水の観察者になった。豆腐を作る人になる前に、水を見る人になった。水を見れば店が分かる——あの一言が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日も四時に、私は栓を抜く。ごぼごぼと、昨日の水が落ちていく音を聞きながら。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。