四限のあと、移動教室。地学の教室から保健体育の教室まで、廊下、四分。スリッパが、また、リノリウムを擦る。
左にリン、右にミナ、後ろにリオ。ジュリは保健委員で先に行った。
「うちの母、最近、ずっと、同じこと言う」とリオ。リオの声は、ちょっとだけ不機嫌だった。
「なに」
「『靴下、ちゃんと脱いだ?』って」
「靴下、ちゃんと脱いだ?」
「うん。お風呂入る前に、毎日言ってくる」
ミナが、足を、ちょっと止めかけた。
「待って、うちも、似たやつある」
「うちは、『手、洗ってきた?』」とミナ。
「玄関で?」
「玄関で。鞄、置く前に」
リンが、ふっと笑った。
「うちは、たぶん、別の種類」
「なに」
「『おばあちゃんに、電話、した?』」
「あー」
「週、一回?」
「ほぼ毎日」
「毎日、しないでしょ?」
「しない。けど、聞いてくる」
歩きながら、思った。
リオの靴下は、足の汚れ。ミナの手は、外から内に入ること。リンのおばあちゃんは、北京と、ここ。
三つ、それぞれ違うところを縫っている。それなのに、ちょっと、似ている。
「全部、答え、知ってるやつだよね」と言ってみた。
ミナが「言うね」と頷いた。
リンが「うちの祖父が、前、言ってた」と少し前を見た。
「答えを聞いてるんじゃなくて、聞く動作の方を、母さんが必要としてる、って」
「祖父さん、言うね」
「言う」
リオが、ちょっと、笑った。今度は、不機嫌じゃない方の笑い方だった。
保健室の前を、過ぎた。
リオが、また少し、不機嫌に戻った。「私、うちの父の口癖、ない、ような気がする」
「ない?」
「ない。父、デンマーク式で弁当作るけど、毎日同じこと、聞いてこない」
「お母さんだけ?」
「お母さんだけ」
三人、何も、言わなかった。
リオの家の、母の口癖と、父の沈黙が、ちょっとだけ、見えた気がした。
保健体育の教室の前まで来た。
「でも」とリオが言った。「最近、母の靴下、ちょっと、優しく聞こえる」
「優しい?」
「答え、知ってるから、聞いてくるって、分かってから」
三人、ドアを開けて、教室に入った。
四限が始まる前の、三十秒。私は、机に座って、今朝の母の口癖を、思い出した。「ちゃんと、傘、持った?」だった。傘は、持っていた。母は、私が傘を持っていることを、見ていたはずだった。
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研究室4人による建設的批判
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本作は山田花・移動教室の雑談シリーズ #6 第二稿。第一稿への研究室4人の批評を経て改稿。主な変更:三つの口癖の射程の違い(足の汚れ・外から内・北京とここ)を明示、リオの不機嫌と笑いの揺らぎを書き加える、リンの分析を祖父の言葉として一段引かせる、リオの父との対比で家庭の沈黙を一行示唆、結末の「母が傘を見ていたはず」で回収。