迷惑が、訳せない
日本語の一語を、辞書の外で探した一週間

ダーン・ヤンセン(17歳・オランダからの交換留学生)

言葉の壁を越えていく、というのは、留学のいちばん美しい部分だと思う。けれどその壁は、ときどき、思いがけないところに立っている。先週、僕は日本語の宿題で、その壁にぶつかった。一つの単語を、オランダ語に訳せなかったのだ。「迷惑」という言葉だった。

辞書を引くと、いくつかの訳語が出てきた。overlast。これは騒音とか、近所の公害とか、役所が使うような硬い言葉だ。annoyance。これは「いらいらさせるもの」で、もっと小さい。trouble。これは「面倒」だ。どれも、近くを通るけれど、真ん中に当たらない。ホストファミリーのお母さんは、一日に何度も「迷惑」と言う。皿を割った僕に「気にしないで、迷惑じゃないから」。出かける娘に「人に迷惑かけないようにね」。スーパーでカートをぶつけた人が「あ、ご迷惑をおかけしました」。同じ一語が、謝罪にも、しつけにも、許しにもなる。こんな言葉は、たぶん、オランダ語にはない。

それで僕は、観察を始めることにした。ノートを一冊用意して、「迷惑」という言葉が出てくる場面、あるいは出てきてもおかしくない場面を、一週間、集めた。フィールドノートというやつだ。書いてみると、おもしろいことがわかってきた。電車の中で、誰かが電話で話すと、それは迷惑だ。でも、友達同士が同じくらいの声でしゃべっているのは、迷惑ではない。声の大きさは同じなのに。たぶん日本人は、声そのものではなく、その声が「閉じているか開いているか」を聞いているのだと思う。

もう一つ。電車で、隣の人のヘッドホンから、シャカシャカと音が漏れていた。けっこう聞こえた。でも、誰も注意しなかった。注意しないのに、みんな、気づいている。気づいているのに、ないことにする。これも一つの迷惑の形だ。それから、街にゴミ箱がほとんどないこと。僕は最初、不便だと思った。でもホストファミリーは、出たゴミを、当たり前のように家まで持って帰る。自分のゴミを人に押しつけない、ということらしい。日本人は、こうやって、迷惑を体の中にしまって持ち歩くのだ。

ノートを見返していて、僕は気づいた。去年僕が書いた、自転車のベルの話も、結局これだったのだ。日本では、ベルの音は「迷惑」になる。けれど、無音で人の横を追い越すことは、「迷惑」にならない。音は迷惑で、危険は迷惑でない。そういう、不思議な勘定がそこにあった。半年前の僕は、それを「気遣いの物差し」と呼んだ。今なら、もっと短く言える。あれも、迷惑の問題だったのだ。

このノートを、タケウチソウタに見せた。タケウチソウタは、言葉の嘘くささに敏感な子だ。僕は言った。「迷惑の定義を、一緒に作りたい」。タケウチはノートをめくって、少し考えて、こう言った。「他人の時間とか気分を、許可なく勝手に使うこと、かな」。いい定義だと思った。でもすぐに、タケウチ自身が反例を出した。「でも、電車で席を譲るのも、相手の許可なく声かけるよね。あれは迷惑じゃない」。僕たちは、二人とも、黙った。

しばらくして、タケウチが言った。「迷惑って言葉さ、便利すぎて、たまに嘘くさいんだよ」。どういうこと、と僕は聞いた。「本当に相手が困ることと、『迷惑になるからやめとけ』って自分にブレーキかけるとき、両方おなじ言葉なんだよ。後ろのは、ただの言い訳のときがある」。僕は、それをノートに書きとめた。迷惑には、二段ある。相手が本当に困る迷惑と、困らせないことを口実にして、自分が動かないための迷惑。タケウチは、後者のことを言っていた。

オランダの僕の家では、こうはならない。うるさかったら、「静かにして」と直接言う。言われたほうも、「ごめん」と言って、それで終わる。摩擦はすぐ起きて、すぐ消える。日本人は、言わない。言わずに我慢して、全員の我慢が集まって、あの電車の静けさができている。直接言う文化は、摩擦が多くて、速い。言わない文化は、摩擦が少なくて、遅い。けれど遅いぶん、たぶん、どこかに溜まっている。どちらが優しいのか、僕にはまだ、よくわからない。わからないけれど、両方に良いところがあるのだと思う。

こうして、一週間の観察を経て、僕は一つのことを学んだのだと思う。「迷惑」とは、結局、他人と自分のあいだの距離を測る、日本の物差しなのだ。訳せなかったのは、僕の国にその物差しがないからだった。言葉が訳せないとき、そこには、その国の心がいちばん深く埋まっている。僕はこれからも、辞書には載っていない言葉を、一つずつ拾っていきたいと思う。それが、留学というものの、本当の意味なのかもしれない。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。ダーン・ヤンセンは架空の人物です。