「お願いします」の、向こう側
進学塾アスターに、電話をかける田所美奈子(42歳)

『一人だけ、では』『二人になっても』『「縁がなかった」の、あと』に続くシリーズ第四作。視点が、塾に電話をかける母親の側に、切り替わる。

田所美奈子。四十二歳。専業主婦。夫と、中三の娘・サクラの、三人暮らし。

サクラは、進学塾アスターに、中一から通っている。私は、月に一回くらい、塾に電話をかける。電話の最初に、私は、こう言う。

「あの、すみません、女性の先生、佐藤先生をお願いします」

何度も言ってきた、ひと言。

私が中三のとき、藤田先生

私が中学三年だったとき、塾の先生は、ほとんど男性だった。一人だけ、若い女性の先生がいた。藤田先生、と言った。

藤田先生は、何度か、私の進路相談に乗ってくれた。母親には言えないこと、女子高校の選択、思春期のこまごました悩み、それから、生理のこと。

藤田先生がいなかったら、私は、誰に話していただろう。たぶん、誰にも話していない。それくらい、藤田先生は、私の中三にとって、大事だった。

だから、サクラのことになったとき、私は、自然に、「女性の先生に」と思った。

朝の、電話

火曜日の朝、サクラを見送ったあと、塾に電話をかけた。

「あの、すみません、女性の先生、佐藤先生をお願いします」

「佐藤は、いま、出勤前で。十時から、です」

「では、十時すぎに、また、おかけしなおします」

電話を切って、私は、家事に戻った。

洗濯機を回しながら、ふっと、思った。佐藤先生って、いつも、出勤前か、授業中か、移動中だ、気がする。私の電話のタイミングが、悪いだけかもしれない。けれど、毎回、そうだ。

サクラの「べつに、誰でもいい」

夕食のあと、サクラに、ふっと、聞いてみた。

「サクラ、塾の先生、誰がいいの? 男の先生でも、女の先生でも、どっちでもいい?」

サクラは、スマホを見ながら、こう答えた。

「べつに、誰でもいい」

「えっ?」

「ちゃんと教えてくれる人なら、男でも女でも、どっちでも」

「進路の話は?」

「進路は、お母さんに聞く」

「先生には?」

「成績の話だけ」

私は、ちょっと、止まった。

私が中三のときに、藤田先生に話した、ような話を、サクラは、塾の先生にしていない。塾の先生は、サクラにとって、勉強を教えてくれる人。私が中三のときに思っていた「先生」とは、たぶん、違う立ち位置にいる。

保護者会、佐藤先生の笑顔

土曜の保護者会。サクラのクラスの担任は、男性だった。けれど、保護者会の最後に、女性の先生も、ちょっと、挨拶に来た。佐藤先生、と、紹介された。

「お母さま、いつも、お電話、ありがとうございます」

佐藤先生は、笑顔で、言った。けれど、その笑顔の裏で、たぶん、ちょっと、疲れていた。

「私が、いない時間に、電話されると、戻ってからかけ直しになって、お母さまを、お待たせして、すみません」

「あ、いえ、こちらこそ」

私は、ちょっと、ぎこちなく笑った。

佐藤先生は、すぐに、別の保護者のところに、移動していった。

帰り道、駅まで

保護者会の帰り道、駅まで歩きながら、考えた。

私が「女性の先生をお願いします」と電話をかけ続けた、その電話が、ぜんぶ、佐藤先生のところに、集中していた。

塾には、男性の先生が、たくさん、いる。サクラの担任も、男性だった。けれど、私は、進路や思春期の話を、男性の先生に、たぶん、しない。しない、ということを、私は、自分で、選んでいた。選んでいた、ということを、たぶん、佐藤先生は、知っていた。

知っていて、毎回、電話に出てくれた。

私は、家に着いて、玄関のドアを開けて、それから、ふっと、立ち止まった。来月の電話を、私は、男性の先生に、かけられるだろうか。たぶん、まだ、かけられない。

けれど、サクラに「進路、お母さんに聞く」と言わせたのが、たぶん、私と藤田先生のあいだにあった「女性の先生」の関係だった、と、ちょっと、気づいた。

受話器の、向こう側

「女性の先生、お願いします」は、私の中三の藤田先生から始まって、私のサクラの佐藤先生まで、ずっと、続いてきた。

続けることが、私の、女性の先生への、感謝のかたちだった。

けれど、続けることが、佐藤先生を、塾のなかで、一人だけにしていた。たぶん。

これを、来月、どうするかは、まだ、わからない。

電話を、かけるかどうかも、まだ、わからない。

洗濯機が、止まった。

ベランダに、洗濯物を、干しに行く。

干しながら、ふっと、思った。来月、「佐藤先生、お願いします」じゃなくて、「進路相談、お願いします」と、言ってみようかな、と。

けれど、たぶん、そう言ったら、電話の向こうで、誰かが「では、佐藤先生に」と、回す。

回すのは、たぶん、塾の側の構造だった。私が、それを、変えられる位置には、もう、いない。

洗濯物が、風に、揺れた。

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本作はシリーズ第四作・第一稿。視点を、塾に電話をかける母親(顧客側)に切り替え、「女性の先生をお願いします」電話の向こう側を描く。田所美奈子(42歳、専業主婦、中三の娘サクラ)が、自分の中三時代の藤田先生(女性、進路相談に乗ってくれた)の記憶から、自然に「女性の先生」を選び続けてきた経緯。サクラに「先生、誰がいいの?」と聞いたら「べつに、誰でもいい」「進路はお母さんに聞く」「先生には成績の話だけ」と返ってくる世代差。保護者会で佐藤先生と直接会い、「お電話、ありがとうございます」「お待たせして、すみません」の疲れた笑顔。帰り道で「私が選び続けた電話が、佐藤先生に集中していた」と気づく。「『女性の先生、お願いします』は、藤田先生から佐藤先生まで、ずっと続いてきた。続けることが、感謝のかたちだった。けれど、続けることが、佐藤先生を、塾のなかで一人だけにしていた」。来月の電話の決断は保留、洗濯物の動作で締める。

このページの記事はAI(Claude)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。