油の、音
天ぷら屋に入った年、目をつぶれと言われた日

カンザキシュウ(52歳・天ぷら職人30年)

天ぷらを揚げて三十年になる。職人の道に一筋、と言えば聞こえはいいが、最初の数年は、目の前で何が起きているのかさえ分からなかった。鍋の中で衣がほどけ、種が踊り、いつのまにか色がつく。色がついたら上げる。それくらいのことしか、私には見えていなかったのだと思う。

二十二歳の春に、この店の暖簾をくぐった。一九九六年だった。最初の一年は揚げ場に立たせてもらえず、種の仕込みと洗い物ばかりだった。海老の尾を切り、腹に包丁で筋を入れて真っ直ぐに伸ばす。尾の中に溜まった水気を、包丁の先でしごき出す。この水気を残すと、油の中でぱちんとはねる。そう教わって、はねる理由を初めて知った。

衣は、冷たい水で溶く。粉と水を、混ぜすぎてはいけない。混ぜるとねばりが出て、衣が重くなる。親方は「粉を、水に泳がせるだけだ」と言った。菜箸で、二度か三度。粉のだまが残っていてかまわない。だまが、揚がったときの花になる。この薄い衣の加減を、手数で覚えるしかなかったのだと思う。

油は、胡麻油を配合して使う。種ごとに、適した温度がある。野菜は低めに、海老は高めに。私の頭の中には、いつのまにか種ごとの適温の地図のようなものができていった。低温の沼地から高温の尾根まで、種を見れば、置くべき場所がぼんやりと分かるようになった。たぶん、これが「身につく」ということなのだろう。

揚げ場に立たせてもらえたのは、二年目の夏だった。鱚を揚げていた。私はじっと鍋を覗き込み、衣の色が変わる瞬間を、目で追いかけていた。早すぎてもいけない、遅すぎてもいけない。色だけが頼りだった。そのとき、後ろから親方の声がした。「目で揚げるな」。

「耳で揚げろ。種の水が抜ける音が変わる。その変わり目が頃合いだ」。私は意味が分からず、しばらく鍋を見つめていた。親方はもう一度言った。「目をつぶってみろ」。言われた通り、目をつぶった。すると、それまで色に隠れて聞こえなかった音が、急に立ち上がってきた。油が、種に向かって、ごうごうと喋っていた。

最初は、大きな泡が鈍くはじける音だった。ぼこ、ぼこ、と低い。種の中の水が、まだたっぷり残っている音だ。それがだんだん、細かく、高くなっていく。ぴちぴち、と軽くなる。水が抜けて、衣が締まっていく音だった。箸の先にも、それは伝わってきた。種を持ち上げると、最初はずしりと重かったものが、ふっと軽くなる瞬間がある。音の変わり目と、箸の軽さが、同じ場所で重なった。そこで上げると、鱚は、いままで揚げたどれとも違う色をしていた。

カウンターに立つようになって、また一つ分かったことがある。揚げたてを、客の前に置く一瞬の間合いだ。揚げたては、置いた瞬間から冷めていく。だから、客が前の一品を食べ終える呼吸を、横目で見ている。早く出しすぎれば冷め、遅れれば客を待たせる。種の頃合いを音で計るように、客の食べる速度を、目で計る。春は山菜、夏は鱚、秋は松茸。市場の暦が、そのままカウンターの上を流れていく。

あの日、目をつぶれと言われてから、私はずっと音の変わり目の観察者になった。色で揚げていた二十二歳の私は、もういない。大きな泡から小さな泡へ、低い音から高い音へ。その変わり目を聴き分けられるようになった日が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日も油は、種に向かって喋っている。私はただ、その声が変わる瞬間を待っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。