麹室の、弟子(第二稿)
自分の種が振られる蔵を訪ねた一日

クマノセイ(55歳・種麹屋33年)

電話が鳴ったのは、昼を過ぎて種の袋詰めをしていたときだった。長く取引のある酒蔵からで、出たのは杜氏ではなかった。「破精込みが浅いんです」。三十そこそこの声だ。種を疑う声ではなく、自分の手元を疑う声で、それが私の手を止めさせた。種が悪いと言ってくる電話なら、こちらは保存ロットを出して試せばいい。手元を疑う声には、行って見るしかない。

破精込みというのは、麹菌が蒸し米の表面だけでなく、米の芯まで菌糸を伸ばしているかの言葉だ。浅いというのは、外は白いのに中まで届いていない。声は症状だけを正確に言って、原因は言わなかった。言えないから電話してきたのだ。明日伺いますと答えた。自分の粉が振られる現場を、見たかった。

翌朝、蔵に着くと、迎えに出たのは杜氏ではなく、その若い麹係だった。私が家業に入った頃、種屋を迎えるのは決まって杜氏で、麹係が前に出ることはなかった。ナルケミツキと名乗った。三十三歳、麹係十一年。土間に、長靴が爪先を揃えて置いてあった。

麹室は、入った瞬間に温度が肌を変える。三十度近い湿った熱が顔にまとわりつく。ナルケさんは種切りの支度をしていた。種切りというのは、蒸し米に私の粉を振る作業だ。茶こしのような器に私の店の胞子を入れ、米の上で打って落としていく。打つたび、粉が一拍遅れて雪のように散り、米の白に着いた瞬間だけ、表面の湿気を吸って粉の縁がふっと濡れ色に変わる。自分の粉が、他人の手で、他人の米に着く。それを間近で見たのは、三十三年で初めてだった。喉が乾いた。

振り方に手落ちはなかった。問題は手つきではない。ナルケさんは振りながら聞いてきた。「なぜ、外側から振るんですか。内側からじゃ駄目なんですか」。私は答えに詰まった。外側から振るのは、そう教わったからだ。理由を口にしたことが、一度もなかった。経験則を「なぜ」で問われる側になると、汗が出る。この係は、答えではなく理由を取りに来る。

盛りを見せてもらった。盛りというのは、麹を箱に盛って手入れする段階だ。温度計より先に、手を米に差し入れた。芯がまだ硬い。表面は菌糸が回っているのに、中の上がりが遅い。手入れの時刻は几帳面に記録してあって、正確だった。だが盛りの温度が、私の手の覚えより一度ほど低い。低い温度で頻繁に触れば、菌は表面の住み心地で満ちてしまい、芯へ伸びる用がなくなる。破精込みが浅いのは、種のせいではない。温度を一度上げ、手入れを一回減らす。それだけだった。

ナルケさんはまた「なぜ」と聞いた。なぜ手入れを減らすと芯まで届くのか。父なら「飢えさせる」と言っただろう。だが私の手が覚えているのはそれではない。手入れで触るたび、表面の熱が逃げて菌は楽になる。楽な表面に菌を留めないために、少し放っておく。芯が硬いままなら、菌は伸びる先をそこにしか見つけられない。──そう言いながら、自分が初めてこの理屈を言葉にしているのに気づいた。三十三年、手が黙ってやってきたことだ。ナルケさんは記録の余白に、それを書きつけていた。

帰り際、ナルケさんが言った。「胞子の育て方を、見に行っていいですか」。種を使う者が、種の生まれる場所を見たがる。いいですよ、と答えた。土間でしゃがんで長靴を脱ぐとき、自分の指が紐を急いでいた。蔵を出ると冬の晴れで、麹室の熱がまだ顔に残っていた。私はずっと、粉を渡したところまでが仕事だと思っていた。爪先を揃えて置かれた長靴のことを、車の中でしばらく考えていた。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。