胞子の、収穫
米の上に、黄の畑が立つ数日

クマノセイ(55歳・種麹屋33年)

種麹は、買ってくるものではない。育てて、採るものだ。蒸した米に菌を植え、数日かけて胞子を実らせ、その粉を集めて缶に詰める。農家が畑から実りを刈り取るのと、本当はよく似た仕事なのだと思う。命を育て、その命の続きを次の手に渡していく。それが、種麹屋の毎日なのだ。

始まりは、原菌の継ぎだ。奥の棚の系統から、ほんのひとさじを取って、新しく蒸した米に移す。親から子へ、子から孫へ。代を継ぐようにして、菌の世話を続けていく。何代も前の祖父が継いだ一本が、いまも切れずに私の手のなかにあるのだと思うと、不思議な気持ちになるものだ。

植えた米は、培養室に入れる。ここからの数日が、いちばん気を抜けない。麹は熱を出す。生き物だから、息をするように温度を上げていく。朝に三十度だったものが、昼には自分の熱で三十五度を超えてくる。私はその山を、見守るしかない。手で押さえつけるのではなく、ただ寄り添うようにして、温度と湿度の山が高くなりすぎないように、そっと付き合っていくのだと思う。

胞子が立つのは、いつも朝だ。前の晩まで白かった米の表面に、うっすらと色がさしている。黄、白、黒。菌によって、立つ色が違う。白米の上に、黄の菌なら黄緑から沈んだ黄へ、黒の菌なら灰のかかった暗い色へと、畑のように色が広がっていく。その朝の、室の戸を開けた瞬間の景色は、何度見ても胸を打つものがある。

色が出そろったら、乾燥と採取に移る。ここが種麹屋の腕の見せどころだ。胞子は、軽い。少し風が動けば、ふわりと舞い上がってしまう。採るときは、その粉を飛ばさないように、息を詰めてそっと集める。それでも室のなかには、目に見えないほどの粉が舞っている。三十三年、私はこの粉と付き合ってきた。家族のようなものだと言ってもいいかもしれない。

採った胞子は、ふるいにかけて粒をそろえ、それから検査にまわす。培養皿に少しだけ撒いて、何粒が芽を出すかを見る。発芽率の試験だ。売る前に、この種がちゃんと生きているかを確かめておく。皿のなかで、点々と芽が立っているのを確かめると、ほっとする。生きているものを売るのだから、生きていることを見届けてからでないと、出せない。

出荷の前に、台帳に記録をつける。いつの、どの系統の種を、どの蔵に出したか。一行ずつ書いていく。これは、いわば菌の血統書だ。もしどこかの蔵からクレームが来たとき、私はこの台帳をさかのぼって、種が原因かどうかを確かめることができる。記録は、過去を遡るための道なのだと思う。

缶に詰めるのは、ほんの一さじの粉だ。けれど、その一さじが、一つの蔵の一冬を決める。何百石もの酒の、何千キロもの味噌の、いちばん上流に、この一さじが立っている。重い仕事だと、毎年この時期になると思う。一さじの重さを知っていることが、種麹屋なのだ。私は今日も、その一さじを量っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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