クマザワダイチ(45歳・製粉所の職人23年)
小麦を挽けば、ふすまが出る。ロール機で砕いて篩いを何段も重ねていくと、白い胚乳の粉が下に落ち、網の上には茶色い皮の粗いものが残っていく。それを集めたのがふすまだ。一トンの小麦から取れる粉は、挽き方しだいで七百五十キロにも、七百キロにもなる。粉を五十キロ減らせば、その五十キロはふすまに回る。白さと歩留まりは、一本の天秤の両端だ。
得意先が白い粉を欲しがるほど、私は篩いの網を細かくして、皮の粉を上で弾き出す。弾き出したぶん、置き場のふすまの山は高くなる。逆に歩留まりを欲張って網をゆるめれば、粉に皮がわずかに混じって色がくすみ、得意先の手が気づく。だから毎朝、注文票の白さと、その日の小麦から取れる歩留まりとを、頭のなかの天秤に乗せ直してから、網の段を決める。粉を何キロ取るかは、ふすまを何キロ出すかと同じ一つの判断だ。
出たふすまは、裏手の置き場に溜めていく。あそこの匂いは、炒った糠に少し湿りが乗ったような匂いで、雨の続いた週はそこに饐えた縁が混じる。私はその縁の匂いで、置き場のふすまが何日溜まったかをだいたい当てる。鼻が日数を数えている。
週に二度、引き取りのトラックが来る。近隣の畜産農家へ運ばれて、牛の飼料になる。運転手は同じ人で、もう十年来る。荷台に積むとき、雨の日はふすまが水を吸うと重さも値も狂うから、シートをかけて濡らさずに積む。一袋いくらの世界ではなく、月まとめでキロ何円の世界で、相場は飼料の値段と一緒に上下する。粉屋の裏口の値段が、よその牛舎の餌代に直結している。トラックが出ていくたび、私の挽いた皮が、見たこともない牛の腹に変わっていく。
近年は、ふすまを人が食べるようになった。低糖質のパンに混ぜる注文が来る。ただし、牛へ行くふすまと人へ行くふすまは、同じ置き場には入れられない。食用は衛生の基準が別で、ラインも袋も分け、粒度をそろえるためにもう一度挽き直す。同じ「ふすま」と呼んでいても、行き先で別の品物になる。捨てていた部分に値がついたというより、捨てていた部分を、もう一度仕事の対象に挽き直すようになった、というのが正しい。
全粒粉の注文も増えた。これは皮を分けずに、ふすまごと挽き込む粉だ。白い粉のときは網を細かくして皮を弾き出すが、全粒粉のときは、その弾き出した皮を戻して、胚乳と一緒に均一な粒度まで挽き直す。同じロール機で、片方は皮を出すために、片方は皮を混ぜるために回す。隙間も篩いも逆向きに組み直す。二十三年やって、いまだに段取りを間違えそうになるのは、この切り替えだ。
こうして見ると、製粉所からは屑というものが出ない。白い粉、全粒粉、牛のふすま、人のふすま。一粒の小麦が、網の段の組み方しだいで、四つの行き先に分かれていく。どれも私の手が篩いを決めて振り分けた先だ。一枚の皮の落ち先まで、こちらが組んでいる。
夕方、二度目のトラックが裏手に着く。運転手がシートをめくり、今日の皮を荷台へ積み込む。私は置き場の戸口で、その重さが軋ませる荷台のばねを見ている。荷台が沈むぶんだけ、今日は白い粉を多く取った日だ。