クマザワダイチ(45歳・製粉所の職人23年)
七月、その年の新麦がトラックで入ってくる。荷台から袋が降りて、倉庫に積まれていく。今年は二百四十袋。去年より三十多い。天井近くまで積み上がったその山を、十一月いっぱいかけて挽き切る。見上げると、一袋ずつが、これからの一日一日だ。
新麦が入ると、まず検査をする。水分計に試料を入れる。一三%台なら安心する。一四%を超えると「今年は重い」と声に出る。次に容積重を量る。八三〇あれば実が詰まっている。八〇〇を切ると、皮ばかりで歩留まりが落ちる年だ。最後にタンパク。去年の検査票を横に並べて、同じ産地の同じ欄を指でなぞって見比べる。今年は容積重が八一二、去年より十八低い。粒の張りが、ひと夏ぶんだけ足りない。
穫れたての新麦は、すぐには挽けない。水のなじみが悪く、調質をかけても胚乳がほどけてこない。だから寝かせる。倉庫に積んだまま、水分が高い年は二週間、低ければ三週間置く。今年は八一二で乾き気味だから、三週間取った。寝かせの日数は謙遜して言うことではない、水分計の数字が決めている。
三週間置いた新麦を、ほんの一握りだけ挽く。試験製粉という。本番のロットを流す前に、少量を挽いて粉の顔を見る。出てきた粉を手に取って、揉む。色は見ない、指で重さと冷たさを拾う。去年のこの時季に挽いて取り置いた粉と、左右の手で握り比べる。今年のほうが、握ったときに一瞬かたまる感じが弱い。容積重が低いぶん、粉も軽い。数字が手のひらで裏を取れた。
挽き始めると、産地の夏を一年分たどり直す。あの地方は梅雨に雨が多かった。雨が多ければ小麦は水をふくみ、調質の加水を控えないと皮を噛みすぎる。収穫期は晴れが続かず、刈り取り前にぐずついた。だから粒の張りが足りず、容積重が八一二まで落ちた。天候が、検査票の数字の一つひとつに翻訳されて返ってくる。空には何もできないが、空のしたことは、全部この手で挽くことになる。
試験製粉で今年の麦の顔がわかると、得意先のうどん屋へ説明に行く。長く付き合っている主人に、毎年この時季の年次報告をする。「去年はタンパク一〇・二%、今年は一一%。麺がいつもより締まって出ます。加水を一分ほど増やしてください」。主人はうなずいて、自分の手の方を先に整えると言う。私の数字が、向こうの手の動きに変わる。年次報告は、数字を手の話に翻訳しに行く時間だ。
説明を終えて製粉所に戻ると、倉庫の新麦はまだ二百四十袋のうち、一握りしか減っていない。検査票の数字も、三週間の寝かせも、握り比べた一握りも、ここからこの山と向き合うためのものだった。今年の小麦は、去年より軽い。私の指は、もうそれを知っている。