豆腐屋の、はかり
朝の商売のはかりを、昼に検べる

クライショウゴ(57歳・計量士33年)

豆腐屋の検査は、いつも昼を過ぎてからにしている。電話を入れて日取りを決めるとき、私はまず店じまいの時刻を訊く。豆腐屋は朝が勝負の店だ。仕込みは夜明け前、客の波は朝から昼にかけて引いていく。その波が引ききった頃合いに、私の検査用の分銅は店先に出る。商売のはかりを、商売の手が空いた時間に検べる。当たり前のことのようだが、相手の一日の形に検査の時間を合わせるのも、この仕事の一部なのかもしれない。

店は、エグチケンタロウさんの店だった。三代目だという。表の硝子戸を引くと、奥の仕込み場から水と大豆の匂いが流れてきて、まだ濡れている床がひやりと冷たい。エグチさんは前掛けで手を拭いてから、はかりの前へ私を案内した。町の小さな店ほど、はかり一つに長い時間が積もっている。

カウンターには、はかりが二台並んでいた。一台は先代から使っているという上皿のはかり。白い文字盤に黒い針、皿の縁が手の脂で飴色になっている。もう一台は新しいデジタルで、平らな天板に数字が浮く。エグチさんは「こっちが親父ので、こっちが俺ので」と笑った。世代の違う二台が、同じカウンターに肩を並べている。私はどちらにも、同じ分銅を載せることになる。重さの正しさには、古いも新しいもない。

手袋をはめ、まず上皿のはかりのゼロを確かめる。皿に検査用の五百グラムを置く。針が動いて、揺れて、止まる。エグチさんはその数分のあいだ、手を止めて針を見ていた。朝からずっと動いていた手が、分銅を載せる短い時間だけ、止まる。店先にいるのは私と三代目の二人きりで、針が止まるまでの一秒が、やけに長い。針は公差の内で止まった。デジタルのほうも、表示は素直に五百を出した。二台とも、よく狂わずに来たものだと思う。

検査が済むと、エグチさんは量り売りの手元を見せてくれた。おからは紙袋に入れて、ふわりとした嵩のまま目方を量る。豆腐は水を切って皿に載せ、一丁の重さを確かめてから売る値を決める。目方で売る商売だから、はかりが少し多く出れば店が損をし、少なく出れば客が損をする。その境目を、カウンターの一台が毎朝決めている。豆腐の白い面を見ていると、これが信用の重さなのだと思えてくる。

上皿のはかりについて、エグチさんは「これ、直して使えませんかね」と言った。先代の手に馴染んだ一台を、できれば手放したくないという。私は、修理と検定は別の話だと説明した。壊れた部品を直すのは修理屋の仕事で、直したあとに正しい重さを出せるかを確かめて検定のシールを貼るのが私の仕事だ。直してから、もう一度分銅を載せればいい。古いから駄目なのではない。狂ったまま使うのが駄目なのだ。エグチさんは少し安心した顔をした。

店の奥には、もう一種類のはかりがあった。売る側のはかりではなく、作る側のはかりだ。大豆を何キロ、水を何リットル。仕込みの分量を計る台ばかりが、濡れた床の隅に置いてある。これは取引に使うものではないから検査の対象ではない。だがエグチさんは「味は、ここの数字で決まるんですよ」と言った。売るためのはかりと、作るためのはかり。同じ店の中で、二種類の正確が働いている。私はそれを淡々と聞いた。

検定のシールを二台に貼り、店を出る頃には、もう夕方になっていた。エグチさんは閉店前の最後の一丁を、水から上げて皿に載せていた。針が、すっと一丁の重さを指す。朝に始まった店の一日が、はかりの上で静かに終わろうとしている。結局のところ、目方の正確が、この店の商売そのものなのだ。私はそう思いながら、分銅の箱を鞄に戻した。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。