It's 1,500 yen
英語教科書のフィクション #4 買い物

モチヅキカナデ(授業資料制作アシスタント)

教材ウェブ版レビュー、第四章「買い物」のページ。

Clerk: Hello. May I help you?
Yuki: Yes, please. How much is this T-shirt?
Clerk: It's 1,500 yen.
Yuki: I'll take it.
Clerk: Thank you very much.

五行で完結する取引

このダイアログは、五行で買い物の全工程を完結させる。店員が話しかけ、客が値段を尋ね、店員が答え、客が買うと決め、店員が礼を言う。間に挟まる迷い、試着、サイズの確認、色違いの相談、在庫の確認、店員のおすすめ、決済方法の選択、レシートの要否——これらが全部、省略されている。

省略されているのは、教育設計として、たぶん意図的だ。文法練習の素材として、買い物のシーンに含めたい項目は、限られる。"How much is" の疑問形、価格表現、"I'll take it" の意思表示、"May I help you" の慣用句。これらを五行に集約することで、生徒は文法項目を、混乱なしに覚えられる。試着やサイズの相談を入れると、ダイアログが長くなり、文法の焦点がぼやける。

ただし、この五行で完結する買い物は、現実の買い物の体験から、かなり離れている。コンビニで決まった商品を買うときぐらいしか、こんなにシンプルには進まない。服を買うときは、サイズと色を確認し、試着し、似合うかどうか迷い、店員に意見を聞き、別の商品も見て、最後にレジに行く。一連の行為のなかで、英語の発話が必要な瞬間は、複数あり、それぞれ別の構文が要る。

"It's 1,500 yen" の通貨

もう一つ、気になるのは、応答の通貨が "yen" になっていることだ。アメリカやイギリスのお店なら、ドルやポンドで答えるはずだが、教科書のダイアログでは、円で答える。これは、教科書が「日本に来た外国人観光客と、日本の店員のやりとり」を想定しているサインだ。学習者は、自分が日本の店員として、英語で外国人客に応対する場面を、想定して練習する。

この設定は、日本の英語学習者にとって、リアリティがある。海外旅行の場面より、自分の街で外国人観光客に話しかけられる場面のほうが、頻度として高い。学習者の生活実感からも近い。

ただし、この設定では、別の不自然さが生まれる。"How much is this T-shirt?" を尋ねる Yuki の役を、学習者が演じることが少ない。学習者の役は、Clerk の側になる。生徒同士のペアワークでは、AとBで役割を交代するが、現実の生活では、学習者は Clerk の役を期待される。これは、ペアワークの対称性と、生活実感の非対称性の、ねじれだ。

"I'll take it" の即決

"I'll take it" は、買う意思を表す英語の定型として、いまでも使われる。教科書のなかでは、値段を聞いた直後に、迷いなく "I'll take it" が来る。これは、決断のスピードとしては、現実の買い物よりずっと速い。

現実の買い物では、値段を聞いてから、頭の中で(円換算なら)「うーん、ちょっと高いな」「他のお店も見てみようかな」「でも気に入っているし」「家に似たのあったかも」のような逡巡が、数秒から数十秒、入る。逡巡を経て、買うか買わないか、判断する。逡巡を表すのは、英語では "Hmm, let me think about it" や "I'll come back later" や "Do you have it in another color?" などの表現で、これらは教科書の中央のダイアログでは、ほとんど扱われない。

"I'll take it" の即決ダイアログは、買い物の完結性のために、逡巡を全部削っている。逡巡を削った結果、ダイアログ全体が、買い物というより、自動販売機の操作のような、単線的なシーケンスになっている。

「買い物」のダイアログから、迷い・試着・在庫確認・色の希望・店員のおすすめが、全部削られている。残っているのは、自動販売機のような単線的な取引だ。

"I'm just looking, thank you" の使い道

同じ買い物の章で、もうひとつよく見るダイアログがある。

Clerk: Can I help you?
Customer: I'm just looking, thank you.

"I'm just looking, thank you" は、現代の英語ネイティブでも使う。アメリカやイギリスの服屋で、店員に話しかけられたときに、「いま見てるだけです」と返す定型として、生きている。教科書がこれを採用するのは、ビジネス英語的な定型としての価値が、いまも残っているからだ。

ただし、ここでもニュアンスのバリエーションがある。"Just looking, thanks" だけで済ませる、"Yeah, just browsing" と返す、店員の "Can I help you?" を笑顔で受け流す、など。教科書は、最も保守的な "I'm just looking, thank you" を採用する。これは、第一回・第二回でも見たパターン——保守的バージョンへの収束——と同じだ。

迷いを、ダイアログに足せるか

仮に、買い物の章を、迷いを含む形に書き換えるとしたら、どんなダイアログになるか。三往復のダイアログで、考えてみる。

Clerk: How can I help you today?
Customer: I'm looking for a T-shirt for my brother. He likes blue.
Clerk: Sure. What size?
Customer: Medium, I think.
Clerk: We have these. They're 1,500 yen each.
Customer: Hmm, the dark blue one is nice, but a bit pricey. Is there a sale coming up?

この六往復には、文法項目として、現在進行形("I'm looking for")、所有格("my brother")、サイズ表現、保留語("I think")、形容詞("a bit pricey")、未来形の質問("Is there a sale coming up?")が含まれる。教育設計の観点では、現実の買い物に近い文脈を保ちつつ、文法項目も網羅できる。ペアワーク用の対称構造は崩れるが、片方が客、もう一方が店員、と決めて練習することはできる。

このような「迷いを含む買い物ダイアログ」は、教材改善案として、教科書編集の現場で、すでに提案されている。採用されているケースもあれば、採用されていないケースもある。採用されない理由は、ダイアログが長くなること、文法項目の焦点がぼやけること、テストの採点基準が揺れること、などだ。

文法と現実のあいだ

「買い物」のダイアログの不自然さは、文法練習の効率と、現実の買い物体験のあいだの、ねじれから生まれている。短いダイアログのほうが文法練習は効率的だが、短いほど、現実から離れる。離れたダイアログを覚えた学習者は、現実の買い物で英語を使うときに、覚えたフレーズと現実の状況のあいだの差に、戸惑う。

このねじれは、解決できる種類のものではない。教育設計の合理性と、生活実感の整合性は、ある程度、トレードオフの関係にある。教科書は、トレードオフのなかで、文法練習を優先する側に振っている。これは、初学者向けの教材として、合理的な選択だ。

振った代償として、学習者が、教科書を卒業したあとで、現実の買い物の英語に出会うときに、戸惑う段階を踏む。戸惑う段階を、誰がどうサポートするかは、教科書の外側の問題になる。塾、英会話教室、海外経験、家族の英語使用者、それから、最近では生成AIを使った英会話練習。これらが、教科書の外側で、戸惑いの解消を担っている。

五行と六行のあいだ

レビュー対象の教材ウェブ版では、買い物の章は、教科書の五行ダイアログを、そのまま採用していた。私が脇に「迷いを含む六行ダイアログを、補足として置く案」のメモを書いて、出版社に送った。送ったうえで、五行を残すか、六行に置き換えるか、両方並列で出すか、の判断は、出版社の編集者と、英語教育の専門家に委ねた。私が決められる範囲ではない。

教材設計の現場は、ねじれを解消する作業ではなく、ねじれと付き合う作業の連続で、できている。買い物のダイアログの五行も、その付き合い方の、一つの選択でしかない。

——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。本文中の教科書ダイアログは構文を再現した架空合成例で、特定の教科書版への言及ではありません。