エッセイ「隣の柴犬と隣人が似てくる年月」の背後には、生物学の概念がある。八年間共に過ごした人と犬が、歩幅も、姿勢も、表情も、機嫌までも同期していく。それを共進化(co-evolution)と呼ぶ。
生物学において共進化とは、二つ以上の種が、互いの存在に応じて段階的に進化していく現象である。蘭と送粉者の蜂、捕食者と被食者、宿主と寄生体、植物と植食動物。これらは互いの形態・行動・化学的性質を、相手の進化に応じて変えてきた長い歴史を持つ。
厳密な意味での共進化は、世代を超えた遺伝的変化を含む。蘭の花の形状が、特定の蜂の口器に合うように選択された結果、両者は互いに離れられない関係になる。
一方、現代では、共進化のメタファーは生物学を超えて、二つの存在が互いを写し取って似てくる現象全般に拡張されて使われる。技術と社会、企業と市場、夫婦、人と動物。世代をまたがなくとも、長い時間を共有することで、二つの個体は互いに調整される。
本作で観察されているのは、厳密な意味での共進化ではない。犬と人間が八年で遺伝的に変化することはない。ここで起きているのは、行動的・姿勢的・心理生理的な相互調整である。それでも、現象の手触りとしては共進化と呼びたくなる強さがある。
歩幅と速度の同期:人間が老いれば歩幅は狭くなる、犬は飼い主に合わせる。機嫌の同期:飼い主が落ち込むと犬は伏せ目になる、犬が元気だと飼い主の表情もほどける。見た目の似てくり:科学的には「飼い主と犬は顔が似てくる」という実験報告もある(カリフォルニア大学サンディエゴ校、Roy & Christenfeld, 2004 など)。
台湾の祖母と犬の最後の一年、二匹とも痩せて、目の動きも似ていた、というリンの記憶も、同じ現象を別の場所で目撃した報告である。
厳密な共進化は遺伝的変化を要求するが、メタファーとしての共進化は、長期間共存する任意の二つの実体に適用できる。
本作の最後で、人と犬の歩く速度が同じになっていることをリンが指摘するのは、メタファーとしての共進化の最も具体的で、最も静かな現れである。二つの生き物が、ひとつの時間の流れを共有することの帰結である。
シリーズ「裏の糸」は、専門家には当たり前の概念を、暮らしの言葉で語り直す試み。既存3作:ワタナベの妻×植木鉢(用語なし版)、マーク×芝刈り(用語あり版)、ワタナベ×実家(テセウスの船)。本作はそれらに続く五本のうちの一本である。