編集部メモ。前作「ワタナベの妻と布団叩きの埃」の裏の糸では、四本の概念を最後まで名前で呼ばずに通した。本作「ジムの芝刈り機とリンダのクッキー」では、同じ四本の糸が、米国郊外の土曜の朝に張り直されている。今度は、それぞれの正式な名前を出しておきたい。物語を読む側の楽しみを損ねないために本文では伏せたが、書いた側の意図を一度、教科書通りに並べておくことには意味がある。
順序は、政策評価の文脈で語られるとおりの順番である:外部性 → パレート非効率 → カルドア=ヒックス補償基準 → シトフスキーの反転テスト。
ジムの黄色いジョン・ディアが土曜朝七時に発するエンジン音は、ジム本人にとっては自分の庭を整えるための副産物である。当人のあいだでは何の問題もない取引——芝の管理という労力と、整った庭という効用——が成立している。しかしその副産物は、隣家のマークの朝のコーヒー時間という、まったく別の人の効用に侵入している。
このように、ある経済主体の活動が、市場の取引を通じずに第三者の効用に影響を与える現象を外部性と呼ぶ。本作で扱っているのは負の外部性(騒音)であり、ピグー以来の標準的な題材である。ジムは「迷惑をかけているとは思っていない」のではなく、迷惑をかけることが価格に反映されない構造のなかで芝刈りをしている。
芝刈りの時間帯を「土曜朝」から「日曜午後」へ動かせば、ジムの効用はほぼ変わらず(彼にとっては芝刈りの時間にこだわりがあるわけではない)、マークの効用は明らかに上がる。つまり、誰の効用も下げずに、少なくとも一人の効用を上げる別の状態が存在している。
この事実が、現状をパレート非効率と呼ばせる根拠である。パレート効率な配分とは、誰かの効用を下げずに他の誰かの効用を上げる余地が一切ない状態のことであり、それを満たさない配分はすべてパレート非効率である。ジムとマークの土曜朝七時の状況は、まさにその「余地が残っている」状態だった。
移行に小さくないコストはある。ジムにとっては、自分のルーティンを動かす手間、日曜午後を芝刈りで埋める心理的負担。マークにとっては、頼みごとをする気まずさと、自分が持っている一九七四年式セリカの整備情報を切り出すコスト。
マークは旧車雑誌の図解ページをジムに渡し、ジムは時間を譲る。この交換は、利得を得た側(マーク)が損失を被った側(ジム)に対して、原理的には失った効用を補って余りある利得を移転できることを示している。実際にここで取引されているのは紙のコピーであって金銭ではないが、効用の比較として補償が成立している。これがカルドア=ヒックス補償基準である。実際に補償が行われたかどうかではなく、行えるだけの余剰が存在することを、社会的厚生の改善の根拠とする立場。
厚生経済学の第二定理が「再分配さえうまくいけばどんなパレート効率な配分も実現できる」と主張する一方で、この基準は「再分配の方法は具体的に決まらなくても、原理上補償可能なら改善と認めてよい」と一歩踏み込む。本作のジムとマークの交渉は、現実の補償(雑誌)まで実行されているため、よりカルドア型の素直な事例である。
半年が経つ。ジムが引っ越し、マークの勤務シフトが変わる。今度はマークの庭時間が夕方に移り、リンダの夕方の芝刈りがその時間に重なるようになる。リンダはクッキーを焼いて、土曜夕方の芝刈りを休む。配置がもう一度動く。
ここで重要なのは、最初の状態Aから次の状態Bへの移行も、Bから今度の状態Cへの移行も、どちらもカルドア=ヒックス基準で正当化できるという事実である。さらに——ここがシトフスキーの指摘の核心だが——適切な状況設定の下では、BからAへの逆方向の移行までもがカルドア=ヒックス基準で正当化できてしまう。利得者と損失者の効用関数のかたちによって、両方向の補償が原理上成立しうる。
シトフスキーは、これでは「Aの方がBより良い」という社会的厚生の比較が、補償可能性だけでは確定しないことを示した。彼の反転テストは、A→Bが正当化されるならB→Aが正当化されないことを追加で要求する。本作では、ジム時代の朝の配置と、リンダ時代の夕方の配置のどちらが本来望ましかったのかをマークが判定できない、という形で、この曖昧さが残る。
カルドア=ヒックスは政策を動かす道具になる。シトフスキーは、その道具を使うときに二度測れと釘を刺す。
同じ四本の糸を、前作(ワタナベの妻、植木鉢と布団叩き)では一切名前で呼ばず、本作(マーク、芝刈り機とクッキー)では裏の糸ページで明示的に名乗らせた。これは意図的な対比である。
前作は、名前を呼ぶ前の段階で日常のなかにすでに起きている、という感触を残すために用語を伏せた。本作は、海外郊外の土曜朝という、より図式的に分解しやすい舞台を選んだので、裏の糸を明示しても物語の手触りを損なわないと判断した。読み手の立場では、本作と前作のどちらの裏の糸ページから読み始めても構わない。専門用語に慣れている人は本作から、概念より暮らしの手触りで掴みたい人は前作から、というのを、編集部の便宜的な薦めにしておく。