砂漠にオアシスを召喚する
——ドバイの不動産ポエム、あるいは「歴史ゼロ」からの出発

ソノダマリ・ヨコヤマサトシ

#17の対照表で「ドバイの列がまだない」と書いた。その宿題を片づけに来た。

ドバイは、このシリーズで扱ってきたどの都市とも違う。東京には400年の江戸があり、京都には千年がある。台湾にも韓国にも中国にも、少なくとも「昔からそこに人が住んでいた」という前提がある。しかしドバイには、30年前まで砂漠しかなかった。不動産ポエムの補填の原理(#9)を極限まで試す場所だ。

Iconic——ドバイが最も愛する英単語

すべてが「象徴的」

ドバイの不動産広告を英語で読んでいて最初に気づくのは、"iconic" という単語の異常な頻度だ。

"Rising gracefully on the iconic Palm Jumeirah..."
(象徴的なパーム・ジュメイラに優雅にそびえ立つ…)

"A rare opportunity to acquire a one-of-a-kind, trophy residence in the world's most iconic building."
(世界で最も象徴的な建物にある、唯一無二のトロフィー・レジデンスを手に入れる稀有な機会。)

"Stunning Burj Khalifa views from an iconic address."
(象徴的なアドレスから望むブルジュ・ハリファの絶景。)

パーム・ジュメイラが "iconic"、ブルジュ・ハリファが "iconic"、ドバイ・マリーナが "iconic"——すべてが "iconic" だ。しかし "iconic"(象徴的)とは本来、長い歴史を経て文化的象徴になったものに使う言葉だ。ニューヨークの自由の女神が "iconic" なのは、140年の歴史があるからだ。

パーム・ジュメイラは2006年に完成した人工島だ。ブルジュ・ハリファは2010年に開業した。20年足らずの建造物が "iconic" を名乗る——これは#13のシミュラクル*の極致と言える。歴史がないところに "iconic" という歴史の衣を着せる。

* シミュラクル(simulacre):フランスの思想家ボードリヤールの概念。オリジナルなき複製、実体に先行するイメージのこと。マンションポエムの「上質」「洗練」のように、具体的な何かを指さずに高級感だけを生成する言葉がこれにあたる。詳しくは#13を参照。

ドバイの不動産ポエムは、シミュラクルの量産工場なのだ。

砂漠のパリンプセスト——消すものがない場所で

Oak Ridgeには樫の木がなかった。ドバイには何もなかった。

#8で見たアメリカの "Oak Ridge"(樫の木がない)は、自然を破壊してからその名を冠するパリンプセストだった。日本の「杜に抱かれて」も、かつてあった緑の記憶を言葉で復元するものだった。

ドバイは、この構造をさらに一歩進める。「かつてあった自然」すら存在しない。砂漠だ。消すべき原文がない。パリンプセストではなく、白紙に最初から書く

"A shimmering tower of timeless elegance rising from the dunes to conjure a verdant oasis."
(砂丘から立ち上がり、緑豊かなオアシスを召喚する、永遠の優雅さを放つ煌めくタワー。)

"To conjure a verdant oasis"——「緑豊かなオアシスを召喚する」。日本のポエムが「杜に寄り添う」と言い、アメリカが "Oak Ridge" と名付けるとき、そこには失われた自然の記憶がある。しかしドバイの「オアシスを召喚する」には記憶がない。存在しなかったものを、言葉の力で無から召喚している

補填の原理の極限形態だ。東京は歴史の不在を補填し、関西は緑の不在を補填した。ドバイはすべての不在を同時に補填する。歴史も、自然も、緑も、水辺も——そのすべてが人工的に創造され、ポエムがその創造を正当化する。

Trophy Residence——投資としての住まい

「住む」から「所有する」へ

ドバイの不動産広告で頻出するもう一つのキーワードが"trophy"だ。"Trophy residence"(トロフィー・レジデンス)、"trophy property"(トロフィー物件)。

トロフィーとは、勝利の証として棚に飾るものだ。住むためのものではない。ドバイの不動産広告が物件を "trophy" と呼ぶとき、それは住宅を居住空間ではなく「所有の証」として位置づけている

日本のマンションポエムは「暮らし」を語る——「街と暮らす」「穏やかな時間を過ごす」。台湾は「家族の幸福」を語る(#3)。韓国は「ブランドへの帰属」を語る(#4)。しかしドバイは「所有」そのものを語る。住むことと所有することが分離している。

実際、ドバイの高級物件の多くは投資目的で購入され、オーナーが居住しないケースが少なくない。ビリオネアズ・ロウ(#8)のニューヨークでも同じ現象があったが、ドバイではそれがさらに徹底されている。ポエムは「住む人」ではなく「買う人」に向けて書かれているのだ。

パーム・ジュメイラ——人工地名のブランド化

20年で「住所=ブランド」を達成した奇跡

#8で見たように、ニューヨークの "Park Avenue" が「住所=ブランド」になるまでには100年以上かかった。しかしドバイのパーム・ジュメイラ(Palm Jumeirah)は、2006年の完成からわずか20年足らずで、世界中で通じる高級住宅地名になった。

しかもパーム・ジュメイラは人工島だ。ヤシの木の形に海を埋め立てて作った。地名以前に、土地そのものが存在しなかった。アメリカのForest Hillsに森がないどころの話ではない——パーム・ジュメイラには、もともと島がなかった

これは不動産ポエムの射程を超えている。ドバイは言葉でイメージを作るだけでなく、物理的に土地を作り、その上にブランドを建設する。ポエムが現実を追認するのではなく、現実がポエムを追認する。因果が逆転している。

普通の不動産ポエム:現実 → 言葉で美化
ドバイ:構想(言葉・イメージ)→ 物理的に土地を作る → 広告でさらに美化

ドバイのビバリーヒルズ——借用の文法

"The Beverly Hills of Dubai"

ドバイの高級住宅地エミレーツ・ヒルズ(Emirates Hills)は、しばしば"the Beverly Hills of Dubai"と形容される。ゴルフコースに囲まれたゲーテッドコミュニティで、富裕層に人気だ。

この「○○のビバリーヒルズ」という表現は面白い。ドバイは独自のブランドを作る力を持ちながら、説明の枠組みとしてアメリカの地名を借りる。パーム・ジュメイラは唯一無二だが、エミレーツ・ヒルズは「ビバリーヒルズ」の翻案として説明される。

日本の「覚王山は名古屋の南麻布」(#5の文脈で言えば)と同じ構造だ。ローカルな地名を、より認知度の高い地名になぞらえて格を借りる。ただしドバイの場合、借用元がアメリカという別の国であるところが異なる。日本国内の地名間翻訳と、国際的な地名翻訳。スケールが違う。

対照表のドバイ列を埋める

#17の対照表にドバイを追加しよう。

日本 ドバイ
高級感 上質、洗練(抽象語) Iconic, World-class(絶対語)
権力 暗示(手中に収める) 所有(trophy residence)
自然 杜(失われた緑の記憶) Oasis(存在しなかった緑の召喚)
歴史 東京は避ける、京都は千年 20年の建物を "iconic" と呼ぶ
住宅の意味 暮らし(生活の物語) 所有(投資の証)
補填するもの 歴史、緑(部分的不在) すべて(全面的不在)
まとめ——補填の原理の限界を試す

ドバイは、このシリーズの三原理(#9)を極限まで試す場所だった。

しかしドバイが最も衝撃的なのは、ポエムと現実の関係が逆転している点だ。通常、不動産ポエムは現実を美化する。しかしドバイでは、まず壮大なビジョン(言葉とイメージ)があり、それを物理的に実現し、さらにポエムで美化する。パーム・ジュメイラという人工島は、「ポエムが現実になった」世界で唯一の不動産かもしれない。

ドバイは、補填の原理の限界事例であると同時に、ポエムの究極の勝利でもある。

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参考文献
このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。英語の引用はAIが翻訳したものです。