ソノダマリ・ヨコヤマサトシ
12回にわたってマンションポエムを観察してきた。#9では「三原理」を提案したが、正直に言えば、これらは私たちのオリジナルな発見というより、既に学問の世界で名前がついている現象を不動産広告に当てはめたものだ。
今回は、その「名前」を明示する。人文科学や言語学が100年かけて磨いてきた概念のレンズで、マンションポエムを見直してみよう。ポエムが、ずいぶん違って見えるはずだ。
「洗練の高台に、上質がそびえる。」
この「上質」とは何か。具体的に何が上質なのか。床材か、眺望か、セキュリティか。答えは——何でもない。「上質」は特定の物を指さない記号であり、指示対象のないイメージだ。
フランスの思想家ボードリヤールは、シミュラクル(simulacre)という概念を提唱した。オリジナルなき複製。実体に先行するイメージ。マンションポエムの「上質」「洗練」「邸」は、具体的な品質を指さずに高級感だけを生成する——シミュラクルの完璧な実例だ。
そしてマンションポエムが面白いのは、このシミュラクルに値段がつくことだ。「上質がそびえる」と詠まれた物件は、同じスペックで詠まれていない物件より高く売れる。実体なきイメージが経済的価値を持つ——ボードリヤールが『消費社会の神話と構造』で描いた世界そのものである。
#8で紹介したジョージア大学の研究を思い出してほしい。アメリカの住宅開発地名に "country" を含めると、住宅の価値が4%以上上昇する。5,000万円の家なら200万円。七文字の英単語が200万円を生む。
フランスの社会学者ブルデューは、象徴資本(capital symbolique)という概念を提唱した。名声、威信、認知——直接は金銭でないが、経済資本に変換できる資本のことだ。
「プラウド」というブランド名は象徴資本だ。「覚王山」という地名も象徴資本だ。マンションポエムの仕事は、象徴資本を経済資本に変換する装置として機能することにある。「上質がそびえる」は、象徴の言葉が物件価格に上乗せされる変換プロセスの表面に現れた泡なのだ。
中国の「大洋怪重」整治(#12)は、この視点から見ると、国家が象徴資本の流通を管理しようとした事例として読める。「帝」「皇」という象徴資本が自由に流通すると社会秩序に差し障る——だから政府が蛇口を閉めた。
森 → 杜 時 → 刻 家 → 邸 楽 → 愉
#1で紹介した、マンションポエムの「特殊漢字の技法」。日常的な漢字をあえて避け、見慣れない字を選ぶことで格調高さを演出する手法だ。
ロシアの文学理論家シクロフスキーが1917年に提唱した異化(остранение / defamiliarization)は、まさにこの操作に名前をつけた概念だ。「日常的な知覚を自動化から引きはがし、対象を『奇妙なもの』として再認させる技法」。
「森」と書けばスムーズに読める。しかし「杜」と書かれると、一瞬立ち止まる。その一瞬の引っかかりが、「これはただの森ではない」という感覚を生む。「家」はどこにでもあるが、「邸」は特別な場所にしかない。同じ意味の別の字を選ぶことで、日常から切り離す——異化の教科書的な応用だ。
韓国の래미안(#4)も異化として読める。「來美安」という漢字を、ハングルの래미안に変換する。漢字の意味が後景に退き、音の響きが前景化する。文字体系を変えることによる異化だ。
パリンプセスト(palimpsest)とは、文字を削って上から新しい文字を書いた羊皮紙のこと。中世では羊皮紙が貴重だったため、古い文書を消して再利用した。しかし消された元のテキストは、うっすらと読み取れることがある。
#8のアメリカの住宅開発地名は、まさにパリンプセストだ。ブルドーザーで樫の木を引き抜き(元のテキストを消す)、その上に "Oak Ridge" と書く(新しいテキストを重ねる)。消された原文(実際の樫の木)は物理的に存在しないが、名前の中にその幽霊が残っている。
日本のマンションポエムで「杜に抱かれて」と詠まれるとき、その「杜」はかつてその土地にあった木々の記憶かもしれない。建設のために伐採された緑が、ポエムの中にだけ生き残る。不動産広告とは、土地の記憶のパリンプセストである。
中国の「大洋怪重」整治(#12)で「ヨーロッパ城」が「矮凳橋小区」に戻されたのは、パリンプセストの逆転——上書きされた洋名を削り取って、下にあった古い地名を復活させたのだ。
大山顕氏が発見した最大の事実——マンションポエムの頻出語1位は「街」であり、「マンション」はほとんど出てこない。マンションの広告なのに、マンションを語らない。
古典修辞学にこの技法の名前がある。アポファシス(apophasis)——「言及しないと宣言することで、実は言及する」技法だ。政治演説で「対立候補のスキャンダルについては触れませんが」と言うのがアポファシスの典型例だ。
マンションポエムのアポファシスは少し異なるが、構造は同じだ。マンションという商品を直接語らないことで、商品以上のもの——ライフスタイル、自己実現、街との関係——を語る。商品の不在が、商品の物語を生む。
#11の『団地への招待』(1960年)には、アポファシスがなかった。映画は17分間、設備を具体的に語り続けた。商品を隠す必要がなかった時代。マンションポエムがアポファシスを使い始めたのは、商品のスペックだけでは差別化できなくなった時代——つまり#10で見た2000年代以降だ。
美術における負の空間(negative space)は、描かれたモチーフの「周り」の空間のことだ。花瓶を描くとき、花瓶そのものではなく、花瓶の左右の空間を見ると、花瓶の形が浮かび上がる。
#2の発見——東京のポエムには「歴史」がなく、関西のポエムには「緑」がない——は、マンションポエムの負の空間だ。
ポエムに書かれている語彙を分析するのは簡単だ。しかし大山顕氏の分析が優れていたのは、書かれていない語彙を発見したことだ。東京のポエムを読んで「歴史」の不在に気づくには、関西のポエムとの比較が必要になる。一つの都市のポエムだけでは見えないが、複数を並べたときに「ないもの」が浮かび上がる。
国際比較でも同じだ。日本のポエムには「帝王」がない(#3との比較で発見)。韓国のポエムには個別物件のキャッチコピーが薄い(#4、ブランド名に集約されるから)。アメリカの超高級市場にはポエム自体がない(#8)。「ないもの」を読むことが、比較研究の核心なのだ。
音象徴(phonesthesia / sound symbolism)とは、言葉の音そのものが意味とは独立に感覚的印象を喚起する現象だ。「ギラギラ」は鋭い印象を、「ふわふわ」は柔らかい印象を与える——音が意味を先取りする。
#4の韓国ブランド名래미안は、漢字「來美安」の意味を知らなくても、「ラミアン」という音の流麗さだけでブランドとして機能する。#7の「ブリリア」は英語に存在しない造語だが、「ブリ」の明るい破裂音と「リア」の流れるような母音が「輝き」の印象を与える。
日本のマンションブランド名の多くは、英語やフランス語からの借用だが、原語の意味よりも日本語としての音の印象で選ばれている可能性が高い。「プラウド」は英語の "proud" の意味(傲慢の含み)ではなく、「プラウド」という四音の堂々とした響きで選ばれた。音象徴が意味に先行する——これが蒸発の原理の言語学的な裏づけだ。
7つの概念と、シリーズで見てきた現象の対応をまとめよう。
| 学術概念 | 提唱者 | マンションポエムでの現れ方 | 参照 |
|---|---|---|---|
| シミュラクル | ボードリヤール | 「上質」「洗練」——指示対象なきイメージ | #1 |
| 象徴資本 | ブルデュー | 「Country」で4%アップ、「プラウド」の経済的価値 | #8 |
| 異化 | シクロフスキー | 森→杜、時→刻、來美安→래미안 | #1 #4 |
| パリンプセスト | (中世写本学) | Oak Ridgeの樫の木、杜の消えた森 | #8 |
| アポファシス | (古典修辞学) | マンションを隠す——商品不在の物語 | #1 |
| 負の空間 | (美術理論) | 東京に歴史がない、関西に緑がない | #2 |
| 音象徴 | (音声学) | 래미안の響き、ブリリアの音 | #4 #7 |
マンションポエムは、たかがマンションの広告だ。しかしそのたかが広告の中に、20世紀のフランス思想(シミュラクル、象徴資本)、ロシア・フォルマリズム(異化)、中世写本学(パリンプセスト)、古典修辞学(アポファシス)、美術理論(負の空間)、音声学(音象徴)が凝縮されている。
マンションポエムは人文科学の宝庫だ——ただし、それに気づくためには「既知の現象に名前をつける」というレンズが必要だったのだ。