Tebasaki at Thanksgiving
——感謝祭に手羽先が恋しくなる

マーク

サンクスギビング。ターキー。クランベリーソース。マッシュポテト。家族がテーブルに集まる。These are my people. This is my home. 間違いない。間違いないんだけど——。

ターキーを切り分けた瞬間、手羽先が浮かんだ。名古屋の手羽先。ヤマチャンの手羽先。あのスパイシーで、胡椒が多すぎて、指がベタベタになるやつ。

20ポンドと50グラム

テーブルの真ん中にターキーがいる。20ポンド。立派だ。朝から妻が焼いていた。家じゅうにいい匂いがする。子供たちがフォークを持って待っている。完璧なサンクスギビングだ。

なのに俺の頭の中にあるのは、1本50グラムくらいの手羽先。

Why tebasaki? Why now? 20ポンドのターキーを前にして、なぜ50グラムの手羽先を思い出す。理屈に合わない。でも記憶は理屈に合わないことばかりする。

ターキーは大きい。手羽先は小さい。
でも手羽先には記憶がくっついている。
記憶の重さは、グラムでは測れない。

セカイノヤマチャン

名古屋に住んでいた頃、サトシに連れて行かれた。「マーク、ヤマチャン行こう」「何それ」「手羽先の店」「手羽先って何」「チキンウイング」「ああ、バッファローウイングみたいな?」「……まあ、行けばわかる」

行ったらわかった。バッファローウイングとは全然違った。

まず小さい。アメリカのチキンウイングの半分くらいのサイズ。「これ、ひなどりか?」と聞いたらサトシが笑った。揚げてある。スパイシー。胡椒が効いている。ソースじゃなくて、粉。白ゴマがかかっている。そして何より——ビールに合う。

マークのヤマチャン観察ノート

・店の正式名称は「セカイノヤマチャン」。World's Yamachan。すごい名前だ
・サトシは骨から肉をきれいに外す。俺はぐちゃぐちゃになる
・「最初の5本は味わって食べる。6本目からは惰性」とサトシが言った。正しい
・テーブルの上のキャベツは無料。おかわり自由。これはアメリカにない発想
・指がベタベタになる。おしぼりが3枚いる。でもそれがいい

給料日の後だった。ALTの給料日。サトシが「今日は俺がおごる」と言った。大学院生がALTにおごる。どっちも金がなかった。でもサトシは「お前の給料日を祝う」と言った。That was a big deal. Not the money. The gesture.

How are you? ——Good.

妻が俺を見ていた。

"Are you okay?"

"I'm good."

いつもの会話。#2で書いた。"How are you?" "Good." 答えを期待していない質問。意味ゼロの3秒。

でも今日の "I'm good" は本当だった。本当にgood。ここにいることがgood。ターキーがgood。家族がgood。And Nagoya is also good. 両方がgoodであることは矛盾しない。

ここにいることがgood。
名古屋を思い出すこともgood。
Both are true. At the same time.

妻は俺の顔を見て、何かを察したようだった。でも何も聞かなかった。20年も一緒にいると、聞かないことが優しさになる。日本で覚えた感覚だ。全部言わなくてもいい。全部聞かなくてもいい。

恋の話をする

なぜ日本を離れたか。

答えは簡単だ。I fell in love with someone here. "Here" はアメリカのことだ。妻はアメリカ人。出会ったのは——まあ、それは別の話。

名古屋にいたとき、俺は日本が好きだった。手羽先が好きだった。6畳のアパートが好きだった。サトシと過ごす夜が好きだった。日本に残る理由はたくさんあった。

でも恋をした。帰国して、彼女に会って、ここにいることを選んだ。

日本に残る理由は恋だった。ALTを続けたのは、日本という国に恋をしていたから。アメリカに戻る理由も恋だった。妻になる人に恋をしたから。

どこに住むかを決めるのは、
キャリアでも給料でもビザでもなく、
だいたい恋だ。

サトシには言っていない。「なぜ帰ったの」と聞かれたとき、「いろいろあって」と答えた。日本語の「いろいろ」は便利だ。何も説明しなくていい。サトシもそれ以上聞かなかった。聞かないことが優しさになる国で育った人だから。

なぜ戻らないか

ときどき聞かれる。「日本に戻りたいと思わないの?」

思う。ときどき。ターキーを切っているときとか。

でも戻らない。理由は離れた理由と同じだ。My family is here. 妻がいる。子供がいる。犬がいる。コーナーオフィスがある。ここが俺の場所だ。

名古屋は俺の場所だった。過去形。でも過去形だからといって消えるわけじゃない。Past tense doesn't mean past feeling.

マークの郷愁の時間割

・サンクスギビング → 手羽先を思い出す
・雪の日 → 名古屋は雪が少なかったことを思い出す
・カップラーメンを見る → サトシとの夜を思い出す(#3
・部下に "How are you?" と言う → 日本語の「お疲れ様です」を思い出す(#2
・何かの重役会議で疲れた日 → 6畳のアパートを思い出す(#3

郷愁はいつも不意に来る。予定表には載っていない。会議の合間に来る。ターキーを切っているときに来る。Come and go. でもgoしたあとも、ちょっとだけ残る。手羽先の胡椒みたいに、指に残る。

テーブルの話

サンクスギビングはテーブルの祝日だ。家族がテーブルに集まる。ターキーがある。パイがある。ワインがある。"What are you thankful for?" と誰かが聞く。子供たちが答える。妻が答える。俺も答える。

でも俺にはもうひとつのテーブルがある。

名古屋の6畳のアパートのちゃぶ台。ターキーはない。手羽先がある。パイはない。カップラーメンがある。ワインはない。コンビニのビールがある。"What are you thankful for?" とは誰も聞かない。でもサトシがいる。

2つのテーブル。
片方には家族。片方には友人。
どちらも本物のサンクスギビング。

感謝は1つのテーブルに収まらない。

サトシ。お前は知らないだろうけど、アメリカのサンクスギビングで、俺はお前のことも感謝している。20ポンドのターキーを食べながら、50グラムの手羽先を思い出している。

来年、名古屋に行く。ヤマチャンに行く。手羽先を食べる。ビールを飲む。サトシ、付き合え。

——おごるのは俺だ。今度は。

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このページの記事はAI(Claude)を用いて作成・編集されています。マークは架空の人物です。