マーク(48歳、元ALT、米国在住)
コネチカット州の古いキッチン。朝の光がステンレスのシンクに反射し、カウンターに置いたマグカップの柄を照らす。淹れたばかりの珈琲から立ち上る湯気は、一瞬で消える。この瞬間、彼の脳裏に、24年前の、あの体育館の埃っぽい匂いが蘇った。
24歳で日本へ渡って5日目、栃木県北部の小さな町。赴任先の小学校体育館の壇上。板張りの床は冷たく、彼の足元でわずかに軋んだ。四月の光が上部の窓から降り注ぎ、体育座りの生徒たちの頭に白い光の帯を作る。ざわめきが収まり、校長先生の声が響き渡る。言葉は意味をなさず、ただ音の連なりとして彼の耳を通り過ぎた。
校長の声が途切れた瞬間、体育館全体が奇妙な揺らぎに包まれた。それはすぐに、ざわめきを越え、一斉の笑い声に変わる。300人の生徒たちが彼を見上げ、無邪気に笑った。その笑い声は、攻撃的ではないが、彼の足元から平衡感覚を奪った。彼は反射的に口角を上げた。その顔は、ただ、笑っていた。その時、誰かの「アハハ」という高い声が、体育館の梁に響いた。しかし、その言葉がなぜ、これほどの笑いを引き起こすのか、彼は理解できなかった。
式後、職員室。隣の席の田中先生が、彼に満面の笑みを向けた。
「校長先生がマーク先生のこと、本当に面白がってたんですよ。あんなに楽しそうに話すのは珍しいです。」
その日から、マークは「分からないまま笑う」ことを自分の習慣とした。それは、時にぎこちない場を和ませる潤滑油になった。だが、その笑顔の裏で、彼はしばしば言葉の真意、感情の機微を置き去りにした。彼の笑いは、異文化の壁を越える道具でありながら、同時に、彼と他者を隔てる薄い膜でもあった。
先週のオンライン会議。同僚のジョークに、皆が一斉に笑った。マークもそれに倣ったが、そのジョークがどうにも理解できなかった。彼が笑うたびに、画面の向こうの誰かが、何かを期待するように彼を見た気がした。あの栃木の体育館の残像が、今も彼の笑みに紛れ込んでいる。彼は、本当に、あの笑いを乗りこなせているのか、疑問は拭えない。