タカハシセイイチ(家計アドバイザー・CFP・1級FP技能士)
投資関連の煽り見出しは、年金関連と少し性質が違う。年金の見出しが「あなたは大丈夫か」と空白を作って読者の不安に肩代わりさせるのに対して、投資の見出しは、空白を作る代わりに、確信のほうを売る。「素人でも勝てる」「やってはいけない◯選」「銀行員が絶対に教えない」。本回では、そのなかでも一番よく見る「素人でも勝てる」一系統だけを、二段に分けて解いてみたい。
架空の合成例として、いくつか挙げておく。実在の媒体の特定の見出しではない。
いずれも、読者に何らかの確信(勝てる/負けない/知っていれば/罠は避けられる)を、一行で売る形になっている。今回は、最初の「素人でも勝てる」を解いてみる。残りも構文の親類だが、一例の解剖が他にも応用される。
「勝てる」と書いた瞬間に、勝てる確率と勝てる人数の話が、両方ぼやける。投資で「勝てる」確率は、商品によっても期間によっても違うし、「勝てる」の定義(年率◯%以上か、元本割れしないか、市場平均を上回るか)でも違う。実際の運用結果は、確率分布で語るべきで、勝つか負けるかの二値ではない。
見出しは、確率分布を二値に潰す。潰した瞬間に、読者の頭のなかで「自分が勝者の側に入る」イメージが立ち上がる。実際にはその確率は、商品と本人の状況によって、二割から八割くらいまで幅があり、しかも長期と短期で結論が逆転することもある。一行の効率としては、極めて高い。だが、効率の代償として、読者は自分の確率を、自分で計算しなくなる。
「素人でも」の「でも」は、文法的には、譲歩や付加の助詞だ。意味機能としては、「玄人なら当然勝てる、素人もそこに加われる」という前提を、暗黙に作る。実際には、玄人でも投資で確実に勝てるとは限らない。プロの運用が市場平均を下回る統計は、長期で見ればいくらでもある。
「素人でも」を「玄人と同じく」「誰でも」と置き換えてみると、見出しの押しの強さが、すこし変わる。「玄人と同じく勝てる」だと、玄人の勝率に対する疑いが残る。「誰でも勝てる」だと、ただの誇張に聞こえる。「素人でも」が選ばれているのは、読者の自己評価(自分は素人)と、玄人=勝者の暗黙の前提の、二つを同時に動員できるからだ。一語の助詞が、二つの意味を持ち寄っている。
「素人でも勝てる」は、二語が、それぞれ別の方向に意味を曲げている。曲げた先で、読者は勝者の側に立つ自分を見せられる。
もうひとつ、書いておきたいのは、煽り見出しの先に、ほぼ必ず商品販売の動線が用意されていることだ。これはシリーズで一度書いておく価値のある観察で、本作の中心になる。
「素人でも勝てる」と銘打った記事の末尾には、たいてい、その方法が紹介される。その方法のなかには、特定の証券会社の口座開設リンク、特定の運用会社の投資信託、特定の有料セミナー、特定のロボアドバイザー、特定の保険商品の名前のいずれかが、入っていることが多い。商品名が直接入っていなくても、商品カテゴリの推奨があり、推奨の先で、媒体の広告主が販売する商品に読者が流れる。
「やってはいけない投資◯選」も、構造は同じ。やってはいけない投資を並べたあと、「では、やるべきはこれ」のセクションが続く。続いた先に、特定の商品の名前か、商品カテゴリの推奨が入る。「銀行員が絶対に教えない」も、絶対に教えない情報の対価として、最後に教える側の媒体が紹介する商品が、置かれている。
媒体は無料で記事を提供しているように見えるが、無料で読める記事の運営費は、たいてい、広告主と提携先からの収入で賄われている。読者にとって、記事の見出しと末尾の商品紹介のあいだに、見えない経済の動線がある。煽り見出しを批判する立場としては、見出し単体ではなく、見出しと商品販売のセットを、ひとつの構造として見るほうが、たぶん正しい。
新NISAやiDeCoについて、私が日常の相談で説明している内容は、煽り見出しに比べると、極めて退屈だ。長期で持つほど得をする、というのが制度設計そのままで、それ以上の「裏ワザ」は、ほとんどの読者にとっては関係がない。退屈な真実は、見出しにならない。だから、見出しは「裏ワザ」「これだけ知っていれば」「資産◯倍」になる。記事の中身を読むと、本筋は退屈な真実なのだが、入口の見出しと、結末の商品紹介が、退屈さを覆い隠す形で設計されている。
家計アドバイザーとして、ここで「投資の前にやるべきこと」を並べたくなるが、並べない。並べると、煽り見出しの「やるべき◯選」と同じ作法になる。
書ける最小限のことだけ書いておく。煽り見出しに動かされて投資を始める前に、自分のリスク許容度を、自分の言葉で言えるようにしておく。「投資元本が一時的に三割減ったときに、夜眠れるかどうか」が、その人のリスク許容度の核に近い。眠れない、と分かっている人には、煽り見出しの「素人でも勝てる」は、自分のための見出しではない。
これだけだ。残りは、読者の数字によって違う。違うことを違うままにしておくのが、煽り見出しと逆向きの仕事だ。