タカハシセイイチ(家計アドバイザー・CFP・1級FP技能士)
投資関連の煽り見出しには、年金関連とは違う構文の癖がある。年金が「あなたは足りるか」と空白を作って読者の不安に肩代わりさせる構文だったのに対して、投資の見出しは、空白を作る代わりに、答えそのものを提示する形が多い。「素人でも勝てる」「やってはいけない◯選」「銀行員が絶対に教えない」。読者は不安を抱えるのではなく、安心の方法を提示される。
投資関連で、よく目にする煽り見出しを、構文の骨格だけで並べておく。実在の媒体・記事を指すものではない、架空の合成例だ。
並べてみると、年金回で見たものとは違う部品が出てくる。断定の動詞(勝てる/負けない/教えない/結論はこれ)。禁則の言い切り(やってはいけない/罠/絶対に)。身分の対比(素人/銀行員/プロが教えない)。年金が不安を売っていたのに対して、投資は確信を売っている。
「素人でも勝てる」という見出しは、見出しの作りとして、二段重ねで嘘に近づく。一段目は、「素人」と「勝てる」を一語にすることで、勝てる人数の多さを暗示している。実際に投資で「勝てる」確率は、商品によっても期間によっても違うし、「勝てる」の定義(年率◯%以上か、元本割れしないか、市場平均を上回るか)でも違う。「勝てる」と書いた瞬間に、これらの条件は全部消える。
二段目は、「素人でも」の助詞の働きだ。これは「玄人なら当然勝てる、素人もそこに加われる」という前提を、暗黙に作る。実際には、玄人でも投資で確実に勝てるとは限らない(プロの運用が市場平均を下回る統計は、長期で見ればいくらでもある)。だが、「素人でも」と書くことで、玄人=勝者という別の前提が、読者の頭のなかでこっそり立ち上がる。
これらは、構文を解いてみると、一段ずつ崩せる。だが、解く前の見出しは、一行だけで読者の頭の中に「自分も勝てる側に入れる」という像を作る。一行の効率としては、たぶん、極めて高い。
もう一系統、「やってはいけない投資◯選」の禁則型がある。これは、年金記事の「やるべき7つのこと」の裏返しだ。やるべき7つを並べる代わりに、やってはいけない7つを並べる。読者は、自分が現在やっていることが「やってはいけない」のリストに入っていないかを確認する作業に入る。
確認したくなる心理は、損失回避の傾向に乗っている。人間は、得をする話より、損を避ける話のほうに、強く反応する。「やってはいけない」と書かれた瞬間に、読者は「自分は引っかかっていないか」と、自動で点検モードに入る。点検モードのまま記事を読み終えると、たいてい、何かしらが「やってはいけない」のリストに該当している。該当していると、その対策として、特定の商品やサービスが提示される。
「やってはいけない◯選」は、ほとんどの場合、その記事の最後に「では、何をすればいいのか」のセクションが続く。続かないと、煽りとして完結しないからだ。続いた先には、たいてい、その記事を出している媒体や、媒体の広告主に都合のいい商品が、提示されている。禁則型の煽りは、提示型の解決策と必ずセットになっている。
「やってはいけない」の見出しの先には、ほぼ必ず「ではこうしましょう」が続く。続いていない記事は、煽りとして失敗している。
「銀行員が絶対に教えない」「証券マンが家族にだけ言う」「FPの本音」——身分の対比を使う構文だ。読者は、読み手の自分を「教えられている側」のポジションに置き、書き手を「教える側」のポジションに置く。教える側が「銀行員も教えない裏」を提示するので、読者は特権的な情報を得たような感覚を持つ。
実際には、銀行員が客に教える内容と、FP記事が読者に教える内容のあいだに、それほど劇的な差はない。両者とも金融商品を扱う立場で、商品の仕組みは公開情報だ。「銀行員が教えない」と銘打って提供される情報のほとんどは、銀行員も知っている、教えるかどうかは状況による、という性質のものだ。
身分対比の構文は、情報の希少性を演出する装置として機能する。希少性があると感じた読者は、その情報の対価としての商品やサービスを、相対的に安く感じる。「銀行員が教えないことを、この記事から学んだ」と思った読者は、その記事の末尾で紹介される商品を、警戒なく受け入れやすい。
家計アドバイザーとして相談を受けるとき、投資の話で最初に確認するのは、その人のリスク許容度だ。リスク許容度は、計算で出るものではなく、本人の状況と気質から組み立てる。確認する項目は、おおむね決まっている:
これらを並べると、その人にとって適切な投資の上限額と、選ぶべき商品の方向性が、おのずと絞られる。NISAやiDeCoの非課税枠を全部埋めるべき人もいれば、まずは生活防衛資金を増やすべき人もいる。新NISAの「裏ワザ」が、本人の状況に合うかどうかは、これら五項目の数字を出してから判断する話で、見出しを読んで決める話ではない。
煽り見出しは、これら五項目を読者に出させない。読者の数字を聞かずに、「素人でも勝てる」「これだけ知っていれば負けない」と提示する。提示できるのは、読者の数字を抜きにしているからだ。読者の数字を抜きにした投資情報は、原理的に、読者にとって正しい確率が低い。
新NISAやiDeCoについて、私が日常の相談で説明している内容は、煽り見出しに比べると、極めて退屈だ。
新NISAは、年間最大三百六十万円までの投資について、運用益が非課税になる制度。生涯投資枠は千八百万円。長期で持つほど、複利効果と非課税の恩恵が大きい。iDeCoは、毎月の掛け金が所得控除になる老後資金準備の制度で、原則六十歳まで引き出せない。掛け金の上限は、職業によって違う。会社員で企業年金がない場合は月二万三千円、自営業の場合は月六万八千円が上限になる(2026年5月時点)。
これだけだ。「裏ワザ」は、特にない。長期で積み立てて、非課税の恩恵を最大限に取る。それが制度設計の意図そのままで、それ以外の使い方は、たいてい、制度の意図から外れる方向に行く。「裏ワザ」と謳う記事のほとんどは、本来の使い方から外れた、特殊な状況下でのテクニックを提示している。特殊な状況に当てはまらない大多数の読者にとっては、本来の使い方を真面目にやるほうが、退屈だが、結果的に得をする。
退屈な真実が、見出しにならない。だから、見出しは「裏ワザ」「これだけ知っていれば」「資産◯倍」になる。記事の中身を読むと、たいてい本筋は退屈な真実なのだが、入口の見出しと、結末の商品紹介が、退屈さを覆い隠すように設計されている。
リスク許容度の確認のなかで、私がいちばん大事だと思っている項目は、最後の「投資元本が一時的に三割減ったときに、夜眠れるかどうか」だ。これは、計算で出ない。本人の気質と、家計の状況の両方が関わる。
三割減ったら眠れない、という方には、私は預金中心の防衛的な配分を提案する。眠れないストレスで他の意思決定が狂うほうが、長期的な家計のリスクが高いからだ。三割減っても気にならない、という方には、もう少し攻めた配分が選択肢に入る。「素人でも勝てる」という見出しは、この個人差を消してしまう。読者全員を、同じリスク許容度として扱う。
煽り見出しに動かされて、本人にとってリスク過多な配分を組んでしまうと、暴落時に売却して損を確定させる、という最悪の結果に行きやすい。投資の損失の多くは、商品選びの失敗ではなく、本人のリスク許容度を超えたタイミングで投資をしたことから来る。「素人でも勝てる」の見出しは、本人のリスク許容度の確認を、構造的に省かせる。省かせて売る、というのが、煽り見出しと商品販売のセットの設計だ。
第一回の最後でも書いたが、本シリーズで私が読者に並べる「やるべきこと」は、できるだけ少なくしたい。煽り見出しを批判する立場の人物が、結末に「やるべき7つのこと」を並べると、構造として煽り側に近づく。
投資について、私が書ける最小限のことは、ひとつだけだ。自分のリスク許容度を、見出しを読む前に出しておくこと。リスク許容度を、見出しに出させない。見出しは、自分の許容度の枠の外にある提案を、自分の枠に押し込めようとする力が働く。枠を先に決めておくと、押し込められない。
枠の決め方は、上に挙げた五項目を書き出すだけでいい。書き出した紙を、財布や机の引き出しに入れておく。投資の煽り記事を読みたくなったときに、その紙を先に見る。紙に書いてある自分の数字と、記事の見出しの「素人でも勝てる」が、合っていなければ、その記事は、自分のための記事ではない。
——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。
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