タカハシセイイチ(家計アドバイザー・CFP・1級FP技能士)
住宅ローン関連の煽り見出しのなかで、ある意味で例外的な構文がある。それは、結論を出さない、むしろ「結論が出ない」ことを売り物にする型だ。「持ち家か賃貸か、永遠のテーマ」「決着のつかない議論、再燃」「FPの結論はこれだ(と読者に思わせて、また議論を仕切り直す)」。本回では、この「永遠の議論」型の構文を解いてみたい。
架空の合成例として、住宅ローン関連の煽り見出しを並べておく。
並べてみると、「結論」「答え」「最適解」と書かれているにもかかわらず、これらの記事を実際に読むと、結論は明確には書かれていないことが多い。条件次第、人それぞれ、地域による、ライフプランによる、と注釈が並び、最終的には読者が自分で判断する形に着地する。記事媒体としては、結論を出さないほうが、合理的な選択になる:結論を出した瞬間に、その記事の役割が終わって、読者が次の住宅ローン記事を読まなくなる。「永遠の議論」と銘打つことで、媒体は同じテーマで何本でも記事を書ける。
家計アドバイザーの実務では、「持ち家か賃貸か」の判断は、その人にとっては一度きりの計算になる。少なくとも、現在の住居の決定の文脈では、一回計算すると、答えが出る。出ないように見えるのは、計算の前提条件が、煽り見出しでは曖昧にされているからだ。
計算に必要な数字は、おおむね決まっている。物件価格、頭金、ローン金利、ローン期間、固定資産税、修繕費、火災保険、管理費(マンションの場合)、団信の有無、想定居住年数、賃貸の家賃水準、将来の売却見込み額。これらを並べて、二つのシナリオ(買う/借りる)の、三十年間の総支出を出す。出すと、その人にとってどちらが安く済むかは、はっきりする。
はっきりするが、その「はっきり」は、入力した数字に依存している。物件価格が変われば結論は変わる。住む年数が変われば変わる。金利が変われば変わる。だから、同じ計算式でも、別の家族には別の結論が出る。計算式は普遍だが、答えは個別だ。煽り見出しは、計算式と答えを、両方曖昧にすることで、永遠の議論を維持している。
計算式は普遍だが、答えは個別。煽り見出しは、両方を曖昧にしている。
「破綻する家計、その始まりは住宅ローンだった」型の見出しは、恐怖煽りの典型だ。実際に住宅ローンが原因で家計が破綻する事例は、ある。あるが、その原因は、ローン契約そのものより、ローン契約後の家計の急変(収入減、離婚、健康問題、教育費の予想超過)にあることが多い。「住宅ローンが破綻の始まりだった」と書くと、ローンの是非が問題のように見えるが、実際には、ローン後の家計運営のほうが問題の中心にある。
恐怖煽りの構文は、原因と症状を入れ替えることで、特定の選択肢を悪者にする。住宅ローンを悪者にすることで、「賃貸のほうが安全」というメッセージが暗黙に通じる。賃貸のほうが安全と感じた読者は、賃貸関連の不動産サービスや、家賃保証保険などに、流れていく。記事媒体の広告主構成によっては、賃貸を勧める側に、別の経済の動線が組まれている。
逆に、「家を買わないと損」型の見出しもある。これは持ち家側の動線で、不動産仲介や住宅メーカーが広告主の場合に出てくる。両方が同じマネー雑誌の異なる号に登場することは、よくある。読者にとっては、同じ媒体が「持ち家」と「賃貸」の両方を勧めているように見えるが、それぞれの記事には、それぞれの広告主が後ろにいる。
「変動か固定か、◯年代に答えはこう変わる」型の見出しは、時間軸を持ち込むことで、「永遠の議論」をさらに延長する仕組みになっている。金利上昇局面、金利下降局面、金利安定期、それぞれで答えが変わる、と書くことで、記事は何度でも書き直せる。
実務では、変動か固定かの判断は、本人のリスク許容度と、ローン期間と、想定金利上昇幅で、おおむね決まる。残りのローン期間が短く、急な返済余力がある方は、変動でほぼ問題ない。残りが長く、家計に余裕がない方は、固定の安心料を払う価値が高い。「金利上昇時代の最適解」という見出しは、この個別判断を、一律の「最適解」に圧縮している。
金利上昇は、たしかに変動金利のリスクを増やす。だが、増やされたリスクが本人の家計でどの程度の重みを持つかは、本人の家計の体力による。煽り見出しは、この体力差を消して、全員に同じ「最適解」を提示する。提示された解が、本人の家計に合っているとは限らない。
「家を買って後悔する人の共通点」型の見出しは、サンプルの選び方で、結論をどちらにも振れる構文を持っている。実際に「家を買って後悔した人」と「家を買って良かった人」は、どちらも一定数存在する。煽り記事は、後悔した人だけのサンプルを集めて「共通点」を抽出する。集めなかった「良かった人」のサンプルは、見えなくなる。
これはサンプリング・バイアスの問題で、論理的には知られた誤りだが、記事の構文としては有効に機能する。読者は、「後悔した人の共通点」を読んで、自分が同じ誤りを避けたいと思う。避けたいと思った先に、その記事の解決策(多くは特定の住宅サービス、または賃貸への切り替え)が、待っている。
逆に、「家を買って良かった人の共通点」型もある。これも、サンプルを片寄らせている点では同じ。両方の記事を読み比べると、「共通点」と銘打たれた要素が、互いに矛盾していることに、読者は気づくはずだ。気づかせない設計が、見出しの効率を支えている。
家計アドバイザーとして、住宅ローンの相談を受けたときに私がやることは、永遠の議論を、その方の家計に対して、一回終わらせることだ。一回計算する。計算結果を見て、本人と配偶者と、判断する。判断したあと、その判断材料を、紙にまとめて、ファイルに入れて、一度しまう。
しまったあとは、煽り記事を読まないか、読んでも自分の数字と比べる作業をしない、と決める。比べる作業は、判断のあとには不要だ。判断のときに比べた条件と、いま読んでいる記事の前提条件は、たぶん違う。違う前提を、自分の数字に上塗りすると、せっかく出した結論が、毎月のように揺れる。揺れたあげく、判断のたびに別の住宅サービスや別の保険に、お金を払うことになる。
住宅ローンの判断は、定期的に見直す必要がある。金利見直しのタイミング、繰上げ返済の検討、団信の保障内容の確認など、五年に一度くらいの頻度で、計算をやり直す。やり直すときも、「永遠の議論」に参加するのではなく、自分の家計の数字を、もう一度入力する。入力されたら、答えはまた、出る。出た答えを、また紙に書いて、しまう。
「持ち家か賃貸か」が永遠の議論として消費されているのは、それを永遠にしておくほうが、媒体と一部の業者にとって利益が出るからだ。読者にとっては、永遠ではないほうがいい。読者は、自分の人生のなかで、何回かこの判断をするだけで済む。最初の家を買うときに一回、買い替えのときに一回、退職後にもう一回、ぐらい。三回計算すれば、たいていの人生はカバーできる。
三回の計算のあいだに、何百本もの「永遠の議論」記事を読む必要はない。三回の計算は、それぞれが本人の数字に基づいた個別の答えを出す。個別の答えは、永遠の議論には参加しない。永遠の議論は、参加しない人には、永遠ではない。
本回で書ける最小限のことは、それだ。永遠の議論から、降りる。降りた先で、自分の数字を、自分のために計算する。三回くらい、人生で。
——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。
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