出麹の、朝
麹を室から出し、次の手へ渡すまで

ナルケミツキ(33歳・酒蔵の麹係11年)

出麹(でこうじ)の朝は、いつもより早く起きる。一晩のうちに麹がどこまで仕上がったか、戸を開けた最初の一息で分かるからだ。冬の蔵に夜明けの光が差し込み、麹室(こうじむろ)の戸を開けると、湿った熱と甘い香りがゆっくりと立ちのぼってくる。その情景は、静かで、どこか厳かだった。出麹は、麹係にとって、一晩の終わりであり、一日の始まりでもある。

栗を蒸かしたような香り——栗香(くりか)が出れば出麹の合図だ、と言われている。だが実際には、香りだけでは決めない。香りと、手触りと、米の締まり。この三つを合わせて判断する。香りが立っていても、手に取った麹がまだ湿って柔らかければ、まだ早い。逆に、香りが弱くても、米が芯まで締まって乾いていれば、もう出していい朝もある。三つのうちどれを重く見るかは、その日その日で違う。

出麹と決めたら、麹を室から出し、枯らし場(からしば)に広げる。布や麻布の上に、麹を薄く、できるだけ均一に広げて、熱と水分を抜いていく。室の中で寄せ集めて温めてきたものを、ここで初めて、ばらばらに放す。厚く積もったところがあれば手で崩し、薄く均す。広げた麹からは、まだ湯気のような熱が立っていて、手のひらにその余熱が残った。

出麹の麹を見ると、米の一粒一粒に、白い菌の進み具合が見える。これを破精(はぜ)と呼ぶ。米の表面に菌が点々と咲くように回ったものを突き破精(つきはぜ)、表面全体を菌が覆ったものを総破精(そうはぜ)という。どちらが良いというものではなく、造る酒のタイプで、求められる破精が違う。突き破精は淡麗ですっきりした酒に、総破精は濃醇でふくよかな酒に向く、とされている。

だから、よくできた麹と、「良すぎる」麹は違う。総破精を狙う仕込みなのに、突き破精で上がってきてしまえば、それはどれだけ美しくても、その日の酒には向かない麹だ。麹係の仕事は、いちばん良い麹を造ることではなくて、その日の酒が求める麹を、過不足なく造ることなのだろう。仕上がりの良し悪しは、麹そのものではなく、行き先の酒が決めるのかもしれない。

枯らした麹は、酛屋(もとや)や釜屋(かまや)へ渡される。麹係の仕事は、ここで終わる。私が室の中で機嫌を取りつづけた麹は、私の手を離れ、酒母(しゅぼ)になり、醪(もろみ)になっていく。蔵は、麹係、酛屋、釜屋と、仕事が細かく分かれている。自分の受け持ちを仕上げて、次の手にきちんと渡す。バトンを落とさないこと。それだけが、私に任された仕事だった。

麹を出したあとの室は、空になる。空になった室を、私はその日のうちに掃除する。床も壁も棚も、隅々まで拭き上げ、前の麹の痕跡を一切残さない。次の仕込みの麹菌だけが、まっさらな室で育つように、完全にリセットする。掃除を終えた室はがらんとして、さっきまでの熱と香りが嘘のように、ただ木の匂いだけが残っていた。次に米が入るまでの、短い空白の時間だ。

出麹の検分に、杜氏(とうじ)が来ることがある。枯らし場の麹を一握り取り、香りを嗅ぎ、指で潰し、破精の入り方を見る。たいていは何も言わない。良くても、悪くても、黙って次の作業に移る。「いい麹だ」という一言は、滅多に出ない。十一年いて、数えるほどしか聞いていない。だからこそ、あの一言を聞いた朝のことは、いまでもはっきり覚えている。

出麹の朝が、蔵の一日の始まりなのだ。一晩かけて仕上げた麹を次の手に渡し、空になった室を掃き清め、また次の米を待つ。麹に明け渡した私の冬は、こうして一巡りずつ進んでいく。蔵の朝は今年も冷たく、出麹を終えた室だけが、まだほのかに暖かい。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。