ナルケミツキ(33歳・酒蔵の麹係11年)
「夏は何してるんですか」と、よく聞かれる。夏の蔵に入ると、まず音が足りない。冬に絶えなかった撹拌(かくはん)の櫂の音、蒸し米の蒸気が立つ音、夜中の見回りの自分の足音——それが全部ない。麹に手を入れる季節は終わり、私の手は瓶とラベルと、外した杉板を触っている。仕込みのない夏に、私たちは冬の支度をしている。
冬のあいだに搾った酒が、タンクの中で出番を待っている。それを瓶に詰め、火入れをして、注文の入った酒販店へ送り出す。瓶詰めのラインは、同じ動作が一日続く。空瓶が流れ、酒が満ち、栓が打たれ、ラベルが貼られ、箱に収まる。手のひらで麹の機嫌を読む緊張はない。ただ、流れてくる瓶の一本一本に、あの冬の麹の続きが入っている。冬に私が室で機嫌を取った麹が、いま液になって、私の前を流れていく。
火入れの日は、瓶を湯の中の蛇管(じゃかん)に通して酒を温める。温度計は据えてあるが、私は針より先に、上がってくる酒の湯気を鼻で測る。火が回りはじめると、香りに角が立つ。その角が立つ一歩手前で湯から上げる。針が指す数字は毎回ほとんど同じだ。それでも、湯気の角の立ち方は日によって違う。冬は米の温度を手で読み、夏は酒の温度を鼻で読む。読む先が変わっただけで、やっていることは変わらない。
夏にいちばん時間をかけるのは、空になった麹室(こうじむろ)の掃除だ。床と壁の杉板を、一枚ずつ外して洗う。たわしで擦り、水をかけ、軒先に立てかけて日に当てる。冬じゅう湿気を吸いつづけた木が、太陽と風で、また白く乾いていく。乾いた杉板を、夏のあいだずっと軒先に並べて干しておく。割れた麹蓋(こうじぶた)は、この時期に直す。底板を打ち替え、角の傷んだものは新しい木を継ぐ。継いだ木は色が明るく、古い木との境目がしばらく残る。
麹蓋の角に木を継いでいると、自分の手の節が痛むのに気づく。冬のあいだ、夜中の二時に起きつづけ、熱い蒸し米に何度も差し込んだ手だ。蓋の傷んだ角を継ぎ、自分の節を曲げ伸ばしする。夏は、早く寝て、よく食べて、断っていた納豆も解禁する。十一月になればまた、納豆を断つ。
七月の終わりごろから、酒販店への挨拶回りが始まる。駅前の升源には、蔵に入った年から毎年行っている。店主は私の顔を見ると、決まって「今年も麹屋が来たか」と言う。麹係だと一度言ったきり、十一年、店主の中で私は麹屋のままだ。手土産は、蔵の隣の店の水羊羹と決めている。冬は蔵にこもって人と会わない。夏のこの数日だけ、自分の麹から始まった酒の行き先を、自分の足で確かめて歩く。
八月になると、新米の作柄のニュースに耳が向く。今年の夏は雨が足りているか、出穂のころに台風は来そうか。米の出来は、秋の麹の出来をそのまま左右する。蔵では秋の仕込み計画の打ち合わせが始まり、どの酒をどれだけ造るか、どの米をどう使うかを詰めていく。軒先の杉板はもう白く乾いている。私はその乾いた板を一枚手に取り、節を曲げて、重さを確かめる。冬には、この板の上で、また米が湯気を立てる。