マツモトヒナ(ポエマイゼーション:ソノダマリ)
ソノダマリからメッセージが来た。「ポエマイゼーションって概念をまとめたんだけど、読んでみて」。6つの操作——補填、翻訳、蒸発、消去、変装、増幅。読んだ。全部わかった。わかりすぎた。
私は育児・家事コーディネーターだ。毎日のように「どの哺乳瓶がいいですか」「どのベビーカーが安全ですか」と聞かれる。そのたびに、お母さんたちが見せてくるのは商品のスペックではない。広告のコピーだ。「赤ちゃんにいちばんを」「ママの気持ちに寄り添う」「オーガニック100%」。
ソノダの6つの操作を読んで、私は気づいた。育児用品の広告は、マンションポエムと同じ構造で動いている。ただし、埋めているものが違う。マンションポエムが「設備の不在」を埋めるなら、育児用品ポエムが埋めているのは——親の罪悪感だ。
ソノダのポエマイゼーションで最初に出てくる操作が「補填」だ。訴求ポイントが弱いほどポエムが饒舌になる。マンションなら「設備が弱いから『上質』で埋める」。高校パンフなら「進学実績がないから『一人ひとりが輝く』で埋める」。
育児用品では、何が埋められているのか。
不安だ。
初めての育児をする親は、何が正解かわからない。哺乳瓶の素材は何がいいのか。おむつの化学物質は大丈夫なのか。抱っこ紐の安全基準はどうなっているのか。その不安の空白に、広告がするりと入り込む。
「赤ちゃんにいちばんを。」
この一文の構造を見てほしい。「いちばん」とは何のいちばんか。品質か。安全性か。コストパフォーマンスか。何も書いていない。ソノダなら「具体性が蒸発している」と言うだろう。しかしそれ以前に、この文は前提として親の不足を暗示している。「いちばんを」と言われた瞬間、「いちばんでないものを選んでいる自分」が浮かぶ。補填されているのは商品の魅力ではない。「これを選べば、あなたはちゃんとした親だ」という安心感だ。
マンションの「上質がそびえる」は、設備の不在を隠す。育児用品の「赤ちゃんにいちばんを」は、親の不安を隠す。補填の対象が、モノの欠点から、人の感情に移っている。これが育児用品ポエムの特殊性だ。
「オーガニックコットン100%」。ベビー服のタグに書いてある。おくるみにも書いてある。ガーゼにも書いてある。
オーガニックコットンと通常のコットンの違いを、成分レベルで説明できる親がどれだけいるだろうか。私の経験では、ほぼいない。「オーガニック」は成分情報ではなく、「安心」の暗号として機能している。
ソノダの分類でいえば「変装」だ。匂わせ暗号で「古い」が「味がある」に、「狭い」が「コンパクト」に着替えるように、育児用品では「ただの綿」が「オーガニックコットン」に着替える。着替えた瞬間、価格が2倍になる。
育児用品の暗号辞典
| 広告の言葉 | 暗示していること | 実際の意味 |
|---|---|---|
| オーガニック100% | これ以外は有害 | 栽培方法の違い。最終製品の安全性に大差はないことが多い |
| BPAフリー | BPA入りは危険 | 日本の哺乳瓶は2000年代にほぼ全製品がBPAフリーに移行済み |
| 無添加 | 添加物は悪 | 何が無添加なのか不明なことが多い。防腐剤不使用でも別の保存技術を使う |
| ママの気持ちに寄り添う | 他社は寄り添っていない | 機能の説明ではなく感情の演出。具体的に何が「寄り添う」のか不明 |
| 赤ちゃんにやさしい | 他の製品はやさしくない | ほぼ全てのベビー用品が同じことを言っている |
「BPAフリー」は特に象徴的だ。日本で市販されている哺乳瓶のほぼ全てがBPAフリーである。にもかかわらず、わざわざ「BPAフリー」とパッケージに大書する。なぜか。それが書いてある商品と書いてない商品が並んだとき、書いてない方が「危険」に見えるからだ。安全の基準値を書くことで、書いてない競合を不安に変える。これは「補填」と「消去」の合わせ技だ。自社の安全性を補填しつつ、業界全体が同じ基準であるという事実を消去している。
ソノダのDXポエム#5で、マークが「増幅」を発見した。英語では平凡な単語がカタカナになると権威が増す。"Scalable"は普通の形容詞。「スケーラブル」は専門用語に聞こえる。
育児用品でも同じことが起きている。
「プロバイオティクス配合」「プレバイオティクス配合」「ラクトフェリン配合」「DHA配合」「ヌクレオチド配合」
粉ミルクのパッケージだ。成分名がカタカナで並んでいる。乳酸菌、食物繊維、鉄結合性糖タンパク質、ドコサヘキサエン酸——日本語にしたら「ああ、そういうことか」となるものが、カタカナのまま並ぶと「すごい科学的なもの」に見える。
マークがSaaSポエムについて言ったことは、そのまま育児用品に当てはまる。カタカナは権威の増幅装置。ただし育児用品の場合、増幅されるのは「技術力」ではなく「科学的な安心感」だ。「この成分が入っているから大丈夫」。何が大丈夫なのかはよくわからないが、科学っぽいので大丈夫に感じる。
私が相談を受けるとき、お母さんたちはよく言う。「ラクトフェリンが入ってる方がいいんですよね?」。私は聞き返す。「ラクトフェリンが何か、説明できますか?」。ほとんどの場合、答えは「なんか免疫にいいやつ……?」。それでいい。それが正直な答えだ。問題は、説明できない成分名が購買の決定打になっていることの方だ。
ソノダの6つの操作のうち「消去」は、都合の悪いものを意図的に消す操作だ。マンションのチラシに隣のビルが写らないように、SaaSの導入事例に解約した企業が載らないように。
育児用品広告で消去されているものは何か。
「なくても大丈夫」という選択肢だ。
おしりふきウォーマー。哺乳瓶の紫外線消毒器。ベビーモニターの動体検知機能。鼻水吸引器の電動モデル。これらは「あったら便利」であって「なければ危険」ではない。しかし広告は、その境界を曖昧にする。
「大切な赤ちゃんの呼吸を、24時間見守ります」。ベビーモニターの広告だ。事実として、乳幼児突然死症候群(SIDS)は存在する。それは本当だ。しかし家庭用のベビーモニターがSIDSを防ぐという医学的エビデンスは確立していない。広告は恐怖を提示し、商品を解決策として提示するが、「モニターなしでも大多数の赤ちゃんは安全に眠っている」という事実は消去されている。
これがマンションポエムとの最大の違いだ。マンションポエムが消去するのは物件の欠点であり、判断の対象は「モノ」だ。育児用品ポエムが消去するのは「買わなくても大丈夫」という安心であり、判断の対象は「子どもの安全」だ。消去の影響が、はるかに重い。「モデルルームに騙された」は笑い話になる。「子どもの安全を買わなかった」は、親を追い詰める。
ここまで書いてきて、一つの構造が見えてきた。
罪悪感マーケティングの3段構造
この3段構造は、ソノダの6つの操作のうち3つ——消去、補填、変装——が連動して動いている。しかし原動力は操作そのものではない。原動力は罪悪感だ。
「いいものを与えたい」という願いは自然だ。問題はそれが「いいものを与えないのは悪い親」に反転する瞬間だ。広告はその反転を巧妙に利用する。直接「買わないと悪い親ですよ」とは言わない。「赤ちゃんにいちばんを」と言うだけだ。反転は読者の心の中で起きる。広告は火をつけるだけで、燃えるのは親の心だ。
ソノダの6つの操作のうち「翻訳」と「蒸発」は、言語・文化のフィルターを通す過程で表現が変形し、意味の一部が消えることを指す。
これが育児用品で顕著に起きるのは、海外ブランドの日本上陸時だ。
ある北欧のベビー用品ブランドは、現地では「シンプル・ファンクショナル・サステナブル」を謳っている。機能的で、環境に配慮した、飾らないデザイン。ところが日本の販売ページでは「北欧の洗練された暮らしから生まれた、赤ちゃんへのやさしさ」になる。
「シンプル・ファンクショナル・サステナブル」→「北欧のやさしさ」。
機能の説明が、情緒の演出に翻訳されている。そして「ファンクショナル」の具体的な中身は蒸発している。
「北欧」は育児用品における「プラウド」だ。北欧と言えばなんとなく良い。福祉が充実している。デザインが美しい。教育が先進的。それらの印象が「北欧の」という3文字に圧縮され、商品に貼られる。具体的にどの国のどの基準かは蒸発する。フィンランドとデンマークでは育児政策がかなり違うが、日本の広告ではどちらも「北欧」で一括りだ。
育児・家事コーディネーターとして、私は何十人ものお母さん、お父さんと話してきた。いくつかの場面が忘れられない。
あるお母さんは、生後3ヶ月で母乳からミルクに切り替えた。体調の問題があった。やむを得ない判断だ。しかし彼女がミルクを選ぶとき、最も高価な製品を選んだ。「せめていちばんいいミルクをあげたい」と言った。「せめて」という言葉に、罪悪感が滲んでいた。その罪悪感を癒したのは、パッケージに並ぶカタカナの成分名だった。DHA、アラキドン酸、ラクトフェリン——「こんなに色々入っているなら、母乳に近いはずだ」と。
別のお父さんは、ベビーカーを3台比較していた。1台目は2万円。2台目は5万円。3台目は8万円。スペックの違いを聞くと、重量が数百グラム、タイヤのサスペンションの有無。しかし彼が3台目を選んだ理由はスペックではなかった。「『赤ちゃんのためにこだわりぬいた』って書いてあるから」。8万円は、赤ちゃんへのこだわりの代金だった。
もう一人。双子のお母さんだった。出産祝いに「オーガニックコットンのおくるみセット」をもらった。自分でも同じブランドで揃えようとして、価格を見て止まった。「通常のコットンでも問題ないですか」と聞かれた。「問題ないですよ」と答えた。彼女はほっとした顔をした。「問題ないですよ」と言ってくれる人が、一人もいなかったのだ。広告は「いちばんを」と言い、SNSは「うちはオーガニックで揃えました」と言い、誰も「普通ので大丈夫」とは言わなかった。
ソノダはポエマイゼーションの記事で、対抗手段を3つ挙げた。「書いてないものを問え」「実物を見に行け」「同じ言葉が繰り返されたら疑え」。育児用品に当てはめてみる。
育児用品ポエムに騙されないための3つのルール
しかし正直に言う。育児用品のポエマイゼーションに抵抗するのは、マンションポエムより難しい。
マンションを買うのは大人だ。「上質がそびえる」を笑って、スペックを比較して、冷静に判断できる。しかし育児用品を買うとき、判断の対象は自分ではなく子どもだ。「まあいいか」が言いにくい。「万が一」が頭から離れない。広告のポエムに対して、理性のフィルターが最も薄くなる瞬間が、育児なのだ。
だからこそ、ソノダの言葉を借りるなら——ポエムとデータを区別することが、育児でこそ大切だ。「赤ちゃんにやさしい」はポエム。「乳児の肌pHに合わせた弱酸性(pH5.5)」はデータ。「オーガニック100%」はポエム寄り。「GOTS認証取得、残留農薬検査済み」はデータ寄り。どちらが良い悪いではない。区別がつくことが大事だ。
ソノダのポエマイゼーション理論は、広告の構造を見えるようにする。補填、翻訳、蒸発、消去、変装、増幅——この6つの操作は、マンションでもSaaSでも高校パンフでも、そして育児用品でも動いている。
しかし育児用品には、他の領域にはない特殊性がある。ポエムの受け手が、最も脆弱な状態にあるということだ。睡眠不足で、不安で、正解がわからなくて、誰かに「これでいいよ」と言ってほしい。その瞬間に「赤ちゃんにいちばんを」と囁かれたら、財布は開く。罪悪感が開かせる。
私は、お母さんやお父さんに「問題ないですよ」と言うのが仕事だ。通常のコットンで問題ない。国産の粉ミルクならどれも問題ない。おしりふきウォーマーはなくても問題ない。その「問題ないですよ」は、広告の補填の逆方向——不安の解除——として機能する。
広告は不安を補填する。
私は「大丈夫」を補填する。
同じ補填でも、方向が逆だ。
ソノダはポエマイゼーションの記事をこう締めた。「ポエムを愛でながら、騙されない」。私はそこに一つだけ付け加えたい。
育児は、ポエムなしでも、じゅうぶん美しい。オーガニックでなくても、BPAフリーと書いてなくても、8万円のベビーカーでなくても、あなたが子どもを抱きしめている、その事実がいちばんだ。広告にそう書いてなくても。