ソノダマリ(IT業界事情:ナカムラタクミ、アメリカ事情:マーク)
前回、カタカナ暗号辞典を作った。「アジャイル」→「なんか速そう」。日本のSaaSポエムはカタカナで意味を霧散させていた。しかしそのカタカナの「原液」——英語圏のSaaSポエムはどうなっているのか。
マンションポエムS1#7・#8でアメリカの不動産ポエムを教えてくれたマークに、久しぶりに連絡した。
「マーク、英語圏のSaaS LPって、どんな感じ?」
"Oh, SaaS marketing copy? That's a whole different beast."
"We're Salesforce, the #1 AI CRM."
——Salesforce
"Grow better."
——HubSpot
"Making commerce better for everyone."
——Shopify
"Financial infrastructure to grow your revenue."
——Stripe
"Your connected workspace for wiki, docs & projects."
——Notion
"Manage your team's work, projects, & tasks online."
——Asana
"Outpace everyone with the best AI work platform."
——Monday.com
マーク:「面白いでしょ? 2種類あるんだよ。Stripeの "Financial infrastructure to grow your revenue" は超具体的。何の会社で何をしてくれるかわかる。でもHubSpotの "Grow better" は——何も言ってない」
日本のSaaSポエム(#1)は「全部同じに見えた」。英語圏は違う。具体的なものと抽象的なものが混在している。しかし抽象的なもの——"Grow better" "Outpace everyone"——は、日本の「DXを加速する」と同じくらい空虚だ。
日本語のSaaSポエムは名詞で包む。「イノベーションを、ともに。」「すべてを、シームレスに。」名詞と句点。静かに包み込む。
英語のSaaSポエムは動詞で殴る。
"Supercharge your customer support"
——Intercom(20以上の新機能の発表時)
"Empower your team: Introducing the Jira Adoption Guide"
——Atlassian
"Unlock the superhuman potential in everyone"
——Grammarly(リブランド後のミッション)
Supercharge(過給する)。Empower(力を与える)。Unlock(解き放つ)。Transform(変革する)。どれも命令形の動詞だ。
マーク:「日本語の『○○を、ともに。』は誘いかけ。英語の "Supercharge your support" は命令。お前の支援を過給しろ! って。攻撃的なんだよ、英語のSaaSコピーは」
| 日本語SaaSポエム | 英語SaaSポエム |
|---|---|
| 名詞で包む | 動詞で殴る |
| 「○○を、ともに。」 | "Unleash your ○○" |
| 句点で余韻を残す | 命令形で行動を促す |
| カタカナで格調を演出 | パワー動詞で興奮を演出 |
マンションポエムの「上質」(S1#1)。どのマンションも「上質」と言う。全員が使うから意味がなくなる。続・マンションポエムS2#6で結婚式場を分析したとき、「全員が『特別』なら誰も特別ではない」と書いた。
英語圏の"Empower"は、まさにそれだ。
Atlassianが"Empower your team"。ServiceNowが"Empower teams to create effortless customer experiences"。Monday.comが"Companies that empower employees see increased productivity"。全員がempowerしている。
英語圏のマーケティング業界でも問題視されている。あるコピーライターは「"We weakened the power of empower"(我々はempowerの力を弱めてしまった)」と皮肉った。
マーク:「"Empower"を見たら、その会社は自分が何をしているか説明できていないと思っていい。"Empower your business" は、日本語の『DXを加速する』と同じ。何も言ってない」
英語圏で「使い古された」と指摘されているSaaS用語(複数のマーケティング専門メディアの調査より)
Empower / Unleash / Transform / Supercharge / Unlock / Seamless / Revolutionary / Disruptive / Game-changer / Cutting-edge
→ 日本の「DXを加速」「イノベーション」「シームレス」と完全に重なる。言語が違うだけで、使い古されるバズワードのカテゴリは同じ。
マンションポエムS1#9で「蒸発」の原理を見出した。言葉が文化を越えるとき、意味の一部が蒸発する。#4のカタカナ暗号辞典でもそれを見た。"agile"の具体的な開発手法としての定義が、「アジャイル」になると蒸発する。
しかしマークが面白い指摘をした。
「ソノダさん、蒸発だけじゃないよ。逆のことも起きてる」
「逆?」
「"Scalable" って英語では普通の形容詞だよ。"a scalable solution" は "a tool that can handle more users" ——大した言葉じゃない。でも日本語で『スケーラブルなソリューション』って書くと、すごく技術的に聞こえるでしょ? カタカナにすると権威が増すんだ」
蒸発の逆——増幅。英語では日常語が、カタカナになると専門用語に格上げされる。
| 英語での印象 | カタカナでの印象 | 起きていること |
|---|---|---|
| scalable(普通の形容詞) | スケーラブル(専門用語っぽい) | 増幅 |
| agile(具体的な開発手法) | アジャイル(なんか速そう) | 蒸発 |
| empower(使い古された動詞) | エンパワーメント(力強い概念っぽい) | 増幅 |
| disruptive(批判のニュアンスも含む) | ディスラプティブ(革新的っぽい) | 蒸発+増幅 |
マーク:「英語話者が聞いたら "Oh, another empowering solution" って笑う言葉が、カタカナにした瞬間『エンパワーメント・ソリューション』っていう威厳のある何かに化ける。これ、不動産の "Proud"(傲慢)がマンション名『プラウド』(高級感)に化けるのとまったく同じだよ」
S1#7でマークが指摘した和製英語の構造が、SaaSの世界でも再現されている。
日本のSaaSポエムはカタカナ名詞で包む。英語のSaaSポエムは動詞で殴る。手法は違う。しかし目的は同じだ。「具体的に何ができるか」を語らず、印象で売る。
Stripeの"Financial infrastructure to grow your revenue"のように、具体的に語る企業もある。Asanaの"Manage your team's work, projects, & tasks online"も具体的だ。しかしHubSpotの"Grow better"やMonday.comの"Outpace everyone"は、日本の「DXを加速する」と同じ空虚さだ。
マークが最後にこう言った。
「不動産のときも同じだった。
言語が違っても、ポエムの構造は同じ。
言えないことがあるから、詠う。
それは東京でもニューヨークでも変わらない」
マンションポエムS1#22で描いた「不動産ポエムの世界地図」。あの地図に、SaaSポエムという新しい大陸が加わった。そしてその大陸でも、同じ三原理——補填、翻訳、蒸発——が作動している。蒸発の裏に「増幅」という新しい現象も見つかった。