ソノダマリ
ここまで日本の暗号を解読してきた。今回は海を渡る。英語圏、中国、そしてマンションポエムで訪れた国々に、どんな暗号があるか。結論から言うと——暗号はどの国にもある。しかし暗号の語彙に、その国の文化が映る。
| 広告の表現 | 実際の意味 | 日本語の対応暗号 |
|---|---|---|
| Cozy | 狭い。キングサイズのベッドは入らない | 「コンパクトな間取り」 |
| Charming | 古い。修繕が必要かもしれない | 「歴史ある街並み」 |
| Vintage | 設備が時代遅れ。1960年代のキッチンかも | 「味わいのある佇まい」 |
| Character | オリジナルのまま未修復 | 「個性的な物件」 |
| Up-and-coming area | 今はまだ治安が悪い | 「発展中のエリア」 |
| Needs TLC | 大規模修繕が必要 | 「リフォーム向き物件」 |
| Good bones | 構造はいいが、それ以外はダメ | 「基礎がしっかりした物件」 |
| Development potential | 建物より土地の価値。取り壊し前提 | 「建替え可能な立地」 |
| As-is | 修繕する気はない。このまま引き渡す | 「現況渡し」 |
英語圏の暗号は形容詞が中心だ。"Cozy" "Charming" "Vintage" ——一語の形容詞に暗号が凝縮される。日本の暗号が「閑静な住宅街」のように文で構成されるのに対し、英語圏は一語で済む。言語の構造が暗号の形を決めている。
面白いのは、日本と英語圏で同じネガティブに同じ変装をさせていること。「古い」は日本で「歴史ある」、英語で "charming"。「狭い」は日本で「コンパクト」、英語で "cozy"。暗号の翻訳が、文化を超えて一致する。変装のパターンは普遍的なのだ。
中国の不動産広告の暗号は、マンションポエムS1#12でも触れた。ここでは暗号に特化して整理する。
| 広告の表現 | 実際の意味 |
|---|---|
| 近地铁(地下鉄に近い) | 1km以上離れていても「近い」と言う。数百メートルなら「地铁口」(駅出口)と表記 |
| 学区房(学区付き住宅) | 広告で暗示するが、入学資格は戸籍や行政区画に依存。デベロッパーに保証する権限はない |
| 精装修(高級内装済み) | モデルルームの内装と実際の納品は別物。「買房送家装」(家購入で内装プレゼント)の内装は粗悪品のことも |
| 零首付(頭金ゼロ) | 頭金の分割払い。実態は数十万〜百万元の借用書を書かされる |
| 年均升值X%(年平均X%値上がり) | 根拠なし。2015年の広告法改正で投資リターンの保証は違法になったが、なお横行 |
中国の暗号で目立つのは「学区」と「地下鉄」。日本の暗号が「閑静」「日当たり」という環境語彙を使うのに対し、中国は教育と交通——子供の将来と通勤時間——に暗号が集中する。何が暗号の素材になるかに、その社会の不安が映る。
| 国 | 暗号 | 意味 | 初出 |
|---|---|---|---|
| 韓国 | 특별분양(特別分譲) | 売れ残りの在庫処分 | MP #4 |
| 韓国 | 더블역세권(ダブル駅勢圏) | どちらの駅からも微妙に遠い | MP #4 |
| 台湾 | 距市中心15分 | 深夜の空道で最速の場合 | MP #3 |
| 台湾 | 僅供參考 | 完成予想図と実物の全乖離を免責する四文字 | MP #3 |
マンションポエムのシリーズで断片的に拾ってきた各国の暗号が、ここで辞典として統合される。暗号は国境を越えても構造が同じだ——ネガティブの変装、一部による全体の代表、規制回避の言い換え。#1の三つの型が国際的にも通用する。
| 暗号の焦点 | 日本 | 英語圏 | 中国 | 韓国 |
|---|---|---|---|---|
| 環境 | 閑静、日当たり、南向き | Cozy, Charming, Up-and-coming | (環境より教育・交通が優先) | (ブランドが優先) |
| 距離 | 80m=1分、○○エリア | Walking distance(定義なし) | 近地铁(1km以上でも「近い」) | 더블역세권 |
| 物件の状態 | リノベーション済み | Needs TLC, Good bones, As-is | 精装修 | — |
| 固有の暗号 | 告知事項あり(事故物件) | Development potential(取壊し前提) | 学区房(入学保証できない) | 특별분양(売れ残り) |
各国固有の暗号に注目してほしい。日本は「告知事項あり」(事故物件)、英語圏は "Development potential"(取壊し前提)、中国は「学区房」(入学保証不可)、韓国は「특별분양」(売れ残り)。その社会で最もタブーな話題が、最も巧妙な暗号になる。
マンションポエムのシリーズで「ポエムは文化の鏡」と何度も書いた。暗号もまた文化の鏡だ。しかしポエムが「その文化が夢見るもの」を映すのに対し、暗号は「その文化が恐れるもの」を映す。
ポエム:文化が夢見るものを映す(上質、帝王、iconic)
暗号:文化が恐れるものを映す(事故物件、治安、入学不可)
日本人は事故物件を恐れるから「告知事項あり」が暗号になる。中国の親は子供の教育を恐れるから「学区房」が暗号になる。英語圏は「取り壊されるかもしれない家」を恐れるから "Development potential" が暗号になる。
暗号辞典は、恐怖の辞典でもある。