緑と歴史が紡ぐ、閑静なる邸宅街。
※完成予想図は計画段階のものであり、実際とは異なる場合があります。
一見、魅力的な物件に見える。では暗号解読を始めよう。
「グランヴェール」はフランス語風の造語(grand + vert = 大いなる緑?)。マンションポエムS1#7で分析した和製英語と同じ蒸発——何語でもない言葉が高級感だけを纏う。「ヒルサイド」は丘の斜面。つまり坂がある。物件名が坂の存在を暗号化している。
暗号の宝庫だ。
一行に4つの暗号が詰まっている。
#2で解読済み。80m=1分の計算で、坂道と信号は無視。「ヒルサイド」(丘の斜面)なので上り坂がある。実測は20〜23分程度と推定。
#3で解読済み。「S」は採光基準を満たさない部屋。実質3部屋あるが、1部屋は窓がないか極端に小さい。
#3で解読済み。壁芯面積。登記簿の内法面積は5〜8%減。68.5㎡は実質63〜65㎡程度。バルコニー面積は別。
寺と公園が最初に来る。#4の負の空間の法則——書いてあるものは自慢、書いていないものが弱点。スーパー、コンビニ、病院が書かれていないことに注目。日常の買い物施設が近くにない可能性。
#4で解読済み。パンフレットの美しいCGは免責される。
| 広告の表現 | 解読後 |
|---|---|
| 緑と歴史が紡ぐ、閑静なる邸宅街 | 隣の寺と公園の緑と歴史を借りた、駅から遠い住宅地 |
| 覚王山駅徒歩15分 | 実測20〜23分。上り坂あり |
| 2LDK+S、68.5㎡ | 窓なし部屋1つ含む。実質63㎡程度 |
| 日泰寺徒歩3分、公園徒歩2分 | 寺と公園はある。スーパーと病院は? |
しかし——ここが大事なところだが——解読後の風景が悪い物件だとは限らない。
駅から遠いが静かな環境が好きな人はいる。窓なし部屋を書斎にする人もいる。日泰寺の近くに住みたいという人もいる。暗号を解読することは、物件を否定することではない。暗号に隠されていた事実を、自分の目で評価し直すことだ。
チラシを手に取ったとき、以下の5つを問うだけで、暗号の大半は見抜ける。
マンションポエムの四原理と、匂わせ暗号のシリーズを統合すると、不動産広告には5つの操作がある。
| 操作 | 定義 | 例 |
|---|---|---|
| 補填 | ないものを足す(0→1) | 「上質がそびえる」 |
| 消去 | あるものを消す(1→0) | マンションを隠す、住む人を隠す |
| 翻訳 | 文化で表現を変える | 覚王山=「杜」or「帝王の座」 |
| 蒸発 | 意味の一部が消える | Proud→プラウド |
| 変装 | 名前を替える(A→B) | 「不便」→「閑静」 |
ポエムは補填・消去・翻訳・蒸発で「夢」を作る。暗号は変装で「弱点」を隠す。ポエムと暗号は、不動産広告の表裏だ。一方は夢を売り、他方は現実を隠す。両方を読める目を持つことが、広告を「楽しみつつ、騙されない」ための技術だ。
6回にわたって暗号辞典を編纂した。広告代理店で暗号を作る側にいた私が、解読する側に回った。贖罪と言えば大げさだが、少なくとも——
この6回を読んだ人が次にチラシを手に取ったとき、「閑静な住宅街」で微笑み、「徒歩15分」に3分足し、「2LDK+S」のSに光を当て、「緑豊か」の緑が誰のものかを問い、「完成予想図」の下の小さな文字を読むようになってくれたら、この暗号辞典は役に立ったことになる。
暗号は嘘ではない。しかし真実の全部でもない。その間を読む力が、住まい選びの最初の一歩だ。
ソノダマリ