「緑豊かな環境」。この言葉を読んで、敷地内に緑があると思った人は暗号に嵌まっている。
多くの場合、「緑豊か」は隣接する公園や街路樹や隣地の庭木を指している。敷地内の植栽は、マンションの規模によっては駐車場の脇の低木程度かもしれない。しかし窓から公園が見えれば「緑豊かな環境」と書ける。
日本庭園には「借景」という技法がある。庭の外の山や森を、あたかも庭の一部であるかのように取り込む。不動産広告の「緑豊か」はまさに借景だ——他人の緑を、自分の物件の環境として借りている。
しかも借景にはリスクがある。隣の公園が再開発されるかもしれない。隣地の大木が伐採されるかもしれない。借りた緑は、返されることがある。
暗号の仕組み:「緑豊かな環境」は「敷地に緑がある」とは言っていない。「環境」という曖昧な範囲設定で、周辺の緑を物件の属性に変換する。
「眺望良好」を#1で暗号辞典に入れた。ここで詳しく解剖する。
マンションの広告パンフレットに載る眺望写真は、ほぼ例外なく最上階またはそれ以上の高さから撮影されている。建設中の物件なら、クレーンやドローンで将来の最上階の高さから撮る。
しかし物件の全戸が最上階ではない。15階建てマンションの3階を購入する人は、パンフレットの眺望を手に入れない。3階からの眺望は、隣のマンションの壁かもしれない。
広告は嘘をついていない。「眺望良好」は物件のどこかの階からは事実だ。しかしどの住戸から眺望が良いのかは明記しない。#1の暗号の型2——一部で全体を代表させる——の典型例。
マンションポエムS1#16で分析した「世界征服系」(「都心を、わが手中に」)も、暗号の視点で読み直すと面白い。高層階からの征服は事実かもしれないが、同じ物件の低層階にも同じポエムが使われている。ポエムは階数を差別しない。暗号もまた。
日本の不動産広告で「南向き」は最大のプレミアム表示の一つだ。日本人は南向きの部屋を強く好み、同じ間取りでも南向きと北向きでは価格が数百万円違うことがある。
しかしこの「南向き」にも暗号がある。
面白いのは、この「南向き信仰」が日本(と韓国)に特有であることだ。
日本・韓国:南向きがプレミアム。広告で必ず明記
欧米:方角へのこだわりが弱い。眺望やインテリアの質が優先
中東:直射日光を避けたいため、北向きが好まれることも
オーストラリア:南半球なので北向きが日当たり良好
「南向き」は日本では暗号ではなく素直な長所に見える。しかし「南向き」を過大評価させること自体が、一種の文化的暗号かもしれない。南向きでなくても快適に住める設計は可能だが、「南向き至上主義」がそれを見えなくしている。
不動産広告には必ず「周辺施設」の情報が載る。「○○小学校まで徒歩5分」「□□スーパーまで徒歩3分」「△△公園まで徒歩2分」。
ここにも暗号がある。書いてあるものより、書いていないものが重要だ。
マンションポエムS1#13で「負の空間」という概念を紹介した。言及されないものが輪郭を描く。周辺施設の表記にも同じ原理が作動する。
広告に載っている施設は自慢。載っていない施設は弱点。チラシを読むときは、書いてあることより書いていないことに注目するのが鉄則だ。
新築マンションの広告には必ず「完成予想図」(CGパース)が載る。青空、緑の街路樹、人が行き交う美しい風景。そしてその画像の隅に、小さな文字で——
「完成予想図は計画段階の図面を基に描いたもので、実際とは異なります。周辺環境は実際と異なる場合があります。」
この注記は法的に必要な免責事項だ。しかし事実上、誰も読まない。大きなCGパースが語る「美しい完成後の姿」が先に目に入り、小さな免責は見過ごされる。
台湾では「僅供參考」(参考のみ)の四文字で完成予想図と実物のすべての乖離が免責される(MP #3)。日本も同じ構造だ。美しい画像が消費者の期待を作り、小さな文字が法的責任を消す。
距離の暗号(#2)は「計算方法」の暗号だった。面積の暗号(#3)は「測り方」の暗号だった。環境の暗号は「枠」の暗号だ。
暗号は「何を枠の中に入れ、何を枠の外に出すか」の技術だ。これはマンションポエムの消去の原理(あるものを消す)と補填の原理(ないものを足す)の空間版とも言える。消去は時間的な操作(言葉から消す)。枠は空間的な操作(視界に入れるか入れないか)。