ソノダマリ(IT業界事情:ナカムラタクミ)
マンションポエム44本、匂わせ暗号6本、高校パンフ6本。合計56本のポエム分析を書き終えて、しばらく休んでいた。するとIT業界に詳しい友人のナカムラタクミが言った。
「ソノダさんのポエム分析、IT業界にそのまま当てはまるよ。SaaSのLPとか見たことある?」
見たことがなかった。見せてもらった。驚いた。
「すべての経済活動を、デジタル化する。」
——LayerX
「出会いからイノベーションを生み出す」
——Sansan
「お金を前へ。人生をもっと前へ。」
——マネーフォワード
「経済情報で、世界を変える」
——ユーザベース(SPEEDA/NewsPicks)
「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」
——ラクスル
「働くをもっと楽しく、創造的に」
——Chatwork
「チームワークあふれる社会を創る」
——サイボウズ
企業名を隠してみよう。「○○を変える」「○○を前へ」「○○をもっと△△に」「○○あふれる社会を」——構文が同じだ。
マンションポエムの世界(S1#1)で「上質がそびえる」「洗練の高台に」を並べたとき、修辞のパターンが重なり合っていた。IT企業のタグラインにも同じことが起きている。「○○を変える」の○○を入れ替えれば、別の会社のスローガンが完成する。
しかしマンションポエムと決定的に違う点がある。
マンションのチラシを読むのは個人だ。高校パンフを読むのは15歳だ(高校パンフ#5)。しかしSaaS企業のLPを読むのは——企業の決裁者だ。40代の部長、50代の役員。大人の中の大人が、このポエムで予算を動かしている。
マンションポエムが生まれた理由を思い出そう(S1#1)。不動産の表示規約で「最高」「日本一」とは言えない。言えないから、ふわっと詠う。規制の檻がポエムを生んだ。
SaaSポエムが生まれた理由は少し違う。規制ではなく、差別化の困難さだ。
ナカムラ:「クラウド、SaaS、CRM、ERP——正直、どの会社の製品も機能は似てる。勤怠管理ツールなんて100社以上ある。機能で差がつかないから、言葉で差をつけようとする。でも結局みんな同じ言葉になる」
これはマンションポエムの補填の原理(S1#9)そのものだ。訴求ポイントが弱いほどポエムが饒舌になる。機能で差がつかないという「不在」を、バズワードで補填している。
マンションポエム:表示規約で具体的に言えない → ポエムで包む
SaaSポエム:機能で差がつかない → バズワードで包む
高校パンフ:進学実績が出せない → 「一人ひとりが輝く」で包む
構造は同じ。語れる事実がないとき、ポエムが生まれる。
ナカムラはウェブ制作の現場をよく知っている。「LP——ランディングページっていうのは、検索や広告から飛んできた人が最初に見るページのこと。ここで3秒。3秒で『もっと読みたい』と思わなければ、閉じられる」
3秒で製品の機能を説明することはできない。API連携の仕様を伝えることもできない。3秒で伝えられるのは——印象だけだ。
「だからキャッチコピーが勝負になる。『DXを加速する』は3秒で刷り込める。『当社のクラウド型勤怠管理システムはICカード連携とGPS打刻に対応し、36協定アラート機能を搭載しています』は3秒では無理」
マンションのチラシも同じだ。駅で受け取って、歩きながら一瞬目にする。「上質がそびえる」は一瞬で高級感を刷り込む。SaaSの「DXを加速する」は一瞬で「先進的な会社だ」と刷り込む。
3秒のために、ポエムがある。
マンションポエムS1#7で、マーク(アメリカ人の友人)がこう言った。「プラウド(PROUD)ってマンション名、英語話者が聞いたら『傲慢な家』だよ」。日本の不動産は和製英語でブランドを作る。「プレミアム」「エグゼクティブ」「ラグジュアリー」。カタカナにすると格調高く聞こえるが、意味は曖昧になる。
SaaSポエムは、この和製英語の第二波だ。
アジャイル。レジリエント。サステナブル。スケーラブル。
シームレス。データドリブン。エンタープライズグレード。
ナカムラ:「面白いのはね、これらの言葉は英語では具体的な意味があるの。"agile" は開発手法の名前で、具体的なプロセスが定義されてる。でも日本語のLPで『アジャイルな組織運営』って書くと、もう何でもあり」
「俊敏な」と日本語で言えば、何が俊敏なのか問われる。「アジャイルな」とカタカナで言えば、ふわっとする。これはマンションの「プレミアム」と同じ機能だ。カタカナは意味を霧散させる装置。
| カタカナ | 英語の意味 | 日本のLPでの意味 |
|---|---|---|
| アジャイル | 反復型の開発手法(スクラム等) | なんか速そう |
| レジリエント | 障害から回復する能力 | なんか強そう |
| スケーラブル | 負荷に応じて拡張可能 | なんか大きくなりそう |
| シームレス | 継ぎ目のない統合 | なんかスムーズそう |
| データドリブン | データに基づく意思決定 | なんか賢そう |
「日本のLPでの意味」の列がすべて「なんか○○そう」になっている。印象だけが残り、定義が蒸発する。これはマンションポエムの蒸発の原理(S1#9)そのものだ。
マンションポエムで見出した四原理(S2#10)を、SaaSポエムに当てはめてみる。
四原理がすべて作動している。不動産→大学→結婚式→求人→政治→墓地→高校パンフと渡り歩いてきた四原理が、IT業界でも健在だ。
次回以降、一つずつ検証していく。
高校パンフ#5で、カワセトモコがこう言った。「日本の15歳は広告の海に放り込まれる」。15歳には暗号を見抜く力がないから、パンフのポエムに影響されて学校を選ぶ。
SaaSのLPでは、40代の部長が広告の海に放り込まれている。IT用語という専門外の暗号の前では、大人も15歳と同じだ。「DXを加速する」が何を意味するか問わず、「なんか先進的っぽい」という印象で予算を動かす。
ナカムラが最後にこう言った。
「IT企業の人はSaaSポエムを笑える。
でも保険のポエムには騙される。
逆もまた然り。
全員が、どこかの分野では15歳なんだよ」
マンションポエムは大人の遊びだった。高校パンフは15歳への道具だった。DXポエムは——「自分もどこかでは騙されている」という気づきへの入口だ。