高校を「選ぶ」国、選ばない国
——高校パンフレットのポエム #5:パンフレットが存在しない世界

ソノダマリ(高校パンフレット事情:カワセトモコ、アメリカ事情:マーク)

前回まで、日本の高校パンフレットを言葉と写真の両面から分析してきた。偏差値別の文法、15歳の読解力、写真の暗号。しかしふと思った。マンションポエムの本編(S1#3#21)では世界中の不動産ポエムを比較した。高校パンフレットにも国際比較の視点を入れてみたい。

カワセに聞いた。「他の国にも高校のパンフレットってあるの?」

「それが——ない国のほうが多いの」

そもそもなぜパンフレットが「ある」のか

選択があるから、広告がある

当たり前のことだが、改めて確認したい。パンフレットは広告だ。広告が必要なのは、選択肢があるからだ。

マンションのチラシが存在するのは、住む場所を自分で選べるから。選べるから売り込む必要がある。売り込むからポエムが生まれる。

逆に、マンションポエムS1#11で見た1960年代の団地にはポエムがなかった。住宅が足りなくて、申し込めば抽選で当たるだけ。選択の余地がなければ、広告は不要。広告が不要なら、ポエムも生まれない。

日本の高校パンフレットが存在するのは、日本では高校を「選ぶ」からだ。公立にも私立にも入試があり、複数の高校から一つを選ぶ。パンフレットは、その選択を促すための広告。

では、高校を「選ばない」国はどうなっているのか。

高校を「選ぶ」国と「選ばない」国

6カ国の比較

高校の選択 パンフの必要性
日本 公立・私立ともに入試で選択 高い。各校が競争
アメリカ 公立=学区制(選べない)。私立・チャーター=選択制 私立のみ高い
イギリス 総合制が主流。sixth form collegeは選択 sixth formは高い
韓国 一般高は抽選配分(平準化)。特殊目的高は選択 特殊目的高のみ高い
中国 中考の点数で振り分け 低い
フランス 学区制。リセは基本的に自動振り分け 低い

見えてきた。パンフレットが「必要」な国は、高校を「市場」として競争させている国。日本は公立・私立を問わず全面的にその構造にある。アメリカ・イギリス・韓国は一部の学校だけが市場にいる。フランス・中国は市場に出ていない。

補填の原理の裏証明:選択肢がなければ広告が不要。広告が不要ならポエムも不要。1960年代の団地(S1#11)と同じ構造が、教育の世界にもある。

アメリカの私立高校パンフ——マークに聞く

"Where potential meets opportunity"

マンションポエムS1#7#8でアメリカの不動産ポエムを教えてくれたマークに、久しぶりに連絡した。

「マーク、アメリカのprep school——私立高校のbrochureって、どんな感じ?」

「Oh, they're intense. Let me think...」

マークが挙げてくれた、アメリカの名門私立高校のブロシュアに典型的なフレーズ:

"Preparing leaders for tomorrow."
(明日のリーダーを育てる)

"Where potential meets opportunity."
(可能性と機会が出会う場所)

"A tradition of excellence since 1893."
(1893年からの卓越の伝統)

「……これ、日本の高校パンフと同じじゃない?

「そう!」マークが笑った。「"Preparing leaders for tomorrow" は『未来を拓くリーダーを育てる』でしょ。"Where potential meets opportunity" は『可能性は、無限大』でしょ。Same thing, different language」

しかし決定的な違いがある。読者が違う

日本の高校パンフは15歳の中学生が読む。アメリカのprep schoolのブロシュアは、学費を年間5万ドル(約750万円)払える保護者が読む。15歳の子供ではなく、富裕層の大人がターゲットだ。

マーク:「American prep school brochures are basically luxury marketing. They're selling a brand, not a school. It's like...」

「マンションポエム?」

「Exactly. It's the Billionaires' Row(S1#8)of education」

日米の違い

日本の高校パンフ:15歳が読む。偏差値30台〜70台のすべてがパンフを作る
アメリカのprep school:親(富裕層)が読む。上位の私立だけがブロシュアを作る

→ 日本は「全員が市場にいる」。アメリカは「富裕層だけが市場にいる」

韓国の特殊目的高校——学区と教育熱の交差点

불패학군(不敗学区)の世界

マンションポエムS1#4で韓国の不動産ポエムを分析したとき、印象的な概念があった。학군(ハックン、学区)。韓国では「良い学区」に住むために引っ越す親が多い。不動産広告に「○○学区」と書かれるのは、日本でいう「○○小学校区」の上位互換だ。

韓国の一般高校は平準化政策(1974年〜)によって抽選で配分される。高校を「選ぶ」のではなく「当たる」。だから一般高校にはパンフレットポエムの必要がない。

しかし例外がある。特殊目的高校——外国語高校(외고)、科学高校(과학고)、芸術高校(예고)。これらは入試で選抜する。ここにはパンフレットがあり、ポエムがある。

"글로벌 리더를 꿈꾸는 당신의 시작"
(グローバルリーダーを夢見るあなたの出発点)

"세계를 향한 첫걸음, 여기서"
(世界への第一歩、ここから)

「未来を拓くリーダー」の韓国語版。そして面白いのは、韓国の場合、不動産ポエムと教育ポエムが地理的に重なることだ。

ドラマ『SKYキャッスル』(2018年)が描いた世界——名門学区のマンションに住み、子供を特殊目的高校に入れ、一流大学に送り込む。不動産広告の「명문학군(名門学区)」と高校パンフの「글로벌 리더」は、同じ欲望の表と裏だ。

S1#4で「韓国の不動産ポエムには教育が刻まれている」と書いた。今度は逆から見ている。韓国の教育ポエムには不動産が刻まれている

パンフレットが不要な国——フランスと中国

選べないから、売り込まない

フランスのリセ(高校)には、日本のようなパンフレットポエムがほぼない。学区によって割り当てられるリセに「一人ひとりが輝く」と訴える必要がない。リセに行くのは権利であり、選択ではない。

中国も同様だ。中考(中学卒業試験)のスコアによって高校が決まる。点数が高ければ重点中学(名門高校)に行ける。低ければ普通高校か職業学校。パンフレットで「売り込む」余地がない。

S1#12で中国の不動産ポエムを分析した。「我的邻居,非富即贵(私の隣人は、金持ちでなければ貴人だ)」という露骨なポエムがあった。中国の不動産広告にはポエムが溢れている——住む場所は「選べる」から。しかし高校は選べない。だから高校パンフのポエムはない。

中国の不動産:選べる → ポエムがある
中国の高校:選べない → ポエムがない
日本の高校:選べる → ポエムがある

同じ国の中でも、「選べるか否か」でポエムの有無が決まる。これは補填の原理よりさらに手前にある、ポエムの存在条件だ。選択肢がなければ、補填するものもない。

日本の特殊性——全員が市場にいる

偏差値30台の学校もパンフレットを作る国

アメリカでは、パンフを作るのは富裕層向けの私立だけ。韓国では、特殊目的高校だけ。フランスや中国では、ほぼ誰もパンフを作らない。

日本は違う。偏差値70台の名門から30台の定員割れの学校まで、全員がパンフレットを作る。公立も私立も。進学校も実業校も。全員が15歳の顧客を奪い合う市場に立っている。

これが、#2で見た偏差値別ポエム文法の根本原因だ。70台がミニマルで30台が饒舌なのは、同じ市場の中で、持っている武器が違うから。進学実績という武器を持つ学校は数字を出せばいい。武器がない学校は「一人ひとり」や「居場所」で戦うしかない。

カワセが静かに言った。「日本の中学生は15歳で広告の海に放り込まれる。他の国ではそんなことはない。フランスの15歳はリセのパンフレットに悩まされない。中国の15歳は中考の点数だけ見ればいい。日本の15歳だけが、何十校ものパンフレットを比較して、言葉と写真の暗号を読み解かなければならない」

マーク:「That's... actually kind of unfair, isn't it? You're asking a 15-year-old to be a consumer of education」

消費者。15歳の消費者。マンションの購入者と同じ立場に、15歳が立たされている。

まとめ——選べるなら、選ぶ力を

国際比較で見えたのは、日本の高校パンフポエムが「教育を市場にした国」の産物だということ。良し悪しの問題ではない。構造の問題だ。

選べることには光がある。多様な選択肢から自分に合った学校を探せる。フランスの学区制では「合わない学校に当たった」ら逃げ場がない。日本の15歳には、少なくとも選ぶ自由がある。

しかし影もある。選ぶためには選ぶ力が要る。パンフレットの言葉と写真の暗号を読み解く力。「一人ひとりが輝く」の裏にあるものを見抜く力。#3でカワセが教えた「書いてないものは何か」を問う力。その力を、15歳はまだ十分に持っていない。

カワセが最後に言った言葉は、このシリーズ全体を貫いている。

「選べるなら、選ぶ力を身につけるしかない。
それを教えるのが、大人の仕事」

マンションポエムは大人の遊びだった。匂わせ暗号は大人の護身術だった。高校パンフレットのポエムは——大人が子供に渡すべき読解力の話だ。

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参考文献
このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。各国の教育制度は概略的な説明であり、制度の詳細は時期や地域によって異なります。