ソノダマリ(IT業界事情:ナカムラタクミ)
前回、SaaS企業のLPを並べて「全部同じに見える」と笑った。しかし本当にすべてが同じなのか。高校パンフレットのポエム(高校パンフ#2)では、偏差値帯によって文体ががらりと変わることを発見した。同じ手法をIT企業に当てはめてみたい。
ナカムラに聞いた。「企業の規模やフェーズで、LPの言葉って変わる?」
「はっきり変わる。上から順に見ていくとわかるよ」
Salesforce。SAP。AWS。Microsoft Azure。Oracle。
これらの企業のLPを見てほしい。ポエムがほとんどない。あるのは製品名、機能リスト、料金表、ドキュメントへのリンク。「DXを加速する」とは書いていない。書く必要がない。
ナカムラ:「AWSのLPにポエムはない。仕様書がある。Amazon S3のページに行くと、ストレージの種類と価格表がどーんと出てくる。それで十分。だってAWSだもん」
高校パンフ#2の偏差値70台と同じ構造だ。校名=ブランドのとき、ポエムは不要。企業名=ブランドのとき、バズワードは不要。マンションポエムS1#8のBillionaires' Row——432 Park Avenue——が住所だけで売れるのと同じ。本物は寡黙。
「登録社数 7万社超、労務管理クラウド 7年連続シェアNo.1」
——SmartHR
「名刺管理 12年連続シェアNo.1、業界シェア81.6%」
——Sansan
「継続利用率 99.5%」
——SmartHR
上場SaaS企業のLPには数字が並ぶ。登録社数、シェア率、継続率。高校パンフの偏差値60台(「国公立合格128名」)と同じだ。ポエムではなくデータ。「DXを加速」ではなく「7年連続No.1」。
しかし——高校パンフ#2で書いたように——数字にも暗号がある。
匂わせ暗号#2の「徒歩15分」と同じだ。数字は嘘をつかないが、定義が嘘をつく。高校の「合格者128名」が延べ人数か実人数かわからないように、「導入企業40万社」も定義を問わなければ意味がわからない。
ナカムラ:「上場企業は数字を出せる。出せるから出す。でもその数字の作り方にノウハウがある。IR(投資家向け広報)の数字とLPの数字が微妙に違う会社もあるよ」
「すべての経済活動を、デジタル化する。」
——LayerX
「社員のデータ活用力を高め、組織のDXを加速する」
——SIGNATE Cloud
「採用を変え、日本を強く。」
——HERP
シリーズB〜Cの中堅SaaS。まだSalesforceほどのブランドはない。上場SaaSほど数字も積み上がっていない。ここが「DXを加速する」のボリュームゾーンだ。
高校パンフの偏差値50台を思い出してほしい。「文武両道の伝統。充実した設備と多彩な部活動」。何でもあるが突出するものがない。だから「文武両道」という万能語に頼る。
成長期スタートアップも同じだ。機能はそれなりにある。顧客もいる。しかし「これだけは他社に負けない」と言い切れるものがまだない。だから「DXを加速する」という万能語に頼る。
ナカムラ:「この層のLPを作るのがいちばん苦しい。クライアントに『御社の差別化ポイントは?』って聞くと、『えーと、全体的にバランスが……』って返ってくる。バランスは広告にならない。だからバズワードで包む」
高校50台の「充実した設備」がどの学校にも当てはまるように、「DXを加速する」はどの会社にも当てはまる。当てはまるということは、その言葉に固有の意味がないということだ。
「経済情報で、世界を変える」
——ユーザベース(SPEEDA/NewsPicks)
「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」
——ラクスル
「音声×テクノロジーでワクワクする社会をつくる」
——Voicy
ユーザベースもラクスルも、今では上場企業だ。しかしこれらのタグラインが生まれたのは創業期——まだ実績がなく、数字で勝負できなかった時代だ。
高校パンフの偏差値40台で起きたことを思い出そう。進学実績の数字が消え、「一人ひとりの個性を大切にします」に切り替わった。集団の実績ではなく、個のビジョンで売り始める。
初期スタートアップも同じだ。「登録社数○万社」とは書けないから、「世界を変える」に切り替える。事実ではなく、約束を売る。
ナカムラ:「面白いのはね、この層のポエムは投資家向けピッチデッキのコピーがそのままLPに来てること。VCに刺さった言葉を、そのまま顧客向けにも使ってる。でもVCが聞きたいことと、顧客が知りたいことは違うのに」
「世界を変える」はVCの心には響くかもしれない。しかし勤怠管理ツールを探している経理部長が知りたいのは、「有給申請のワークフローに対応しているか」だ。ビジョンではなく、仕様。しかし仕様がまだ揃っていないから、ビジョンで包む。
個人開発のSaaS。LPは簡素だ。開発者の顔写真。開発ストーリーのブログ記事。「なぜ作ったか」の説明。バズワードがない。「DXを加速する」とは書いていない。
高校パンフの偏差値30台と同じ構造だ。「居場所がある」——スペックでも実績でもなく、人間で売る。開発者の顔が見えること自体が、大企業にはない「信頼」になる。
ナカムラ:「ここまで来ると、逆にポエムが消える。嘘をつく余裕がないから。一人で作ってるんだから、『エンタープライズグレードのソリューション』とは言えない。言ったらバレる。だから正直に『自分用に作ったら他の人にも便利だった』って書く」
しかし——高校パンフ#2で繰り返した留保をここでも。本当に良いプロダクトもある。個人開発だから粗悪とは限らない。むしろ大企業のバズワード満載LPより、「自分で使って便利だったから公開した」という一文のほうが信用できることがある。
ポエムの不在は、誠実の証かもしれないし、単にマーケティング予算がないだけかもしれない。そこは、使ってみないとわからない。
| Tier | 企業フェーズ | LPの主語 | 高校パンフ対応 |
|---|---|---|---|
| 1 | GAFAM/大手 | 製品仕様・料金表 | 偏差値70台(校名=ブランド) |
| 2 | 上場SaaS | 導入実績の数字 | 偏差値60台(合格者数) |
| 3 | 成長期スタートアップ | 「DXを加速」系バズワード | 偏差値50台(文武両道) |
| 4 | 初期スタートアップ | 「世界を変える」ビジョン | 偏差値40台(一人ひとりの個性) |
| 5 | 個人開発 | 開発者の顔と物語 | 偏差値30台(居場所がある) |
高校パンフの偏差値表と完全に対応している。上にいくほど事実とデータで語り、ポエムは減る。下にいくほど人間と感情で語り、ポエムが——ある地点を過ぎると消える。
そして最も興味深いのは、Tier 3(成長期スタートアップ)が最もポエムが濃いということだ。高校50台の「文武両道」と同じく、突出した武器がないからバズワードで全方位を埋めるしかない。
ナカムラ:「だからソノダさんの分析が刺さるの。LPの言葉がいちばん空虚なのは、真ん中の層。トップは事実で語れる。ボトムは正直に語るしかない。真ん中だけが、ポエムに頼る」