余ったスペースを埋めるためだけの原稿のことを、「埋め草」って言うらしい。担任が言ってた。草扱いかよ、と思ったけど、まあ、合ってる。
なんで俺なのかは聞かなかった。聞いても「近くにいたから」みたいな答えしか返ってこない気がしたから。たぶん実際そうだ。近くにいた。それだけ。
クラスの誰も、埋め草なんてやりたくない。当たり前だ。誰も読まない下半分を、文字で埋めるだけの作業。テンションは上がらない。これはまあ、ふつうは災難の部類だと思う。
「誰も読まない欄を、どう埋めるか」。家でも、ちょっとそれを考えてた。
「楽しい一年でした」とか書くのは、なんか違う。スローガンの時と同じだ。借り物の言葉。どこかで見たやつ。あれは書きたくない。
じゃあ何を書くか。「いちばん埋め草らしい埋め草」って何だろう。考えると、けっこう難しい。難しいから、ちょっと本気になった。
放課後、教室に残って考えてた。ノートの端に、案を書いては消してた。
「今日の給食、ふつうにうまかった」とか。「窓の鍵、左から三番目だけ固い」とか。どうでもいいことほど、埋め草っぽい。でも一個じゃ寂しい。
本当にどうでもいいことを、どうでもいいまま並べる。それでいい気がした。
角田が通りかかって、ノートを覗いた。「何やってんの」。
「埋め草」って言ったら、「あー、あれな」って。しばらく見てたと思ったら、「じゃあ俺、一行書くわ」って言い出した。「掃除のロッカー、なぜか毎回俺だけ当たる」って書いた。どうでもいい。最高にどうでもいい。
そしたらヤマモトも来て、一行書いた。気づいたら、何人かが一行ずつ置いていってた。俺は「書いて」なんて一回も言ってない。
委員長のサカモトまで、横から「ここ、私も一行書こうか」って言ってきた。委員長がこんなどうでもいい欄に手を出すの、ちょっと意外だった。まあ、書いてくれるなら助かる。サカモトの一行も、角田のロッカーの話の隣に、ふつうに載せた。
俺は「サンキュー」も、そんなに大きい声では言わなかった。ただ、もらった一行を、消さずに全部載せた。当たり前に。
家に帰ってから、ちょっと考えた。なんでみんな、頼んでないのに書いたんだろう。
わからん。俺が困ってたわけでもない。一人で埋めようと思えば埋められた。なのに、角田もヤマモトも、勝手に一行置いていった。
わからんけど、まあいい。どうでもいい一行が、十何個並んだ学級通信の下半分。盛ってない。事件もない。読んでも何も得しない。
でも、なんでか、そこだけ、ちょっと良かった。
翌日、担任に出した。「お、埋まったな」。それだけ。担任はたぶん、誰が書いたとか気にしてない。下半分が白くなければそれでいい。
これは、自慢するようなことじゃない。ソノダさんにも言わない。「埋め草、みんなで埋めたんですよ」なんて報告したら、なんか、こぼれる気がする。
俺は何もしてない。ただ、文句を言わずに、どうでもいいことを本気で考えてただけだ。
……それで人が集まるんだったら、世話ないけどな。
ソノダ:「ソノダさんにも言わない」と書いてくれたわりに、こうしてしっかり読ませてもらっています。言わない、と書くことで、ちゃんと言っている。タケウチくんは、いつもそう。