放課後、駅前のミスタードーナツ。窓側の二人席。サカモトと、親友のアヤ。合唱コンクールの、あった日。
サカモト今日さ、合唱、負けたんだよね。うちのクラス
アヤうん
サカモトソウタ、指揮だったの。すごい本気でやってた。朝練とか、音源とか、紙配ったりとか
アヤ本気で
サカモトでも、みんなついてかなくて。負けて
アヤうん
サカモトそのあと、ソウタが、一人で楽譜集めてたんだよね。教室で
サカモト、カフェオレを、ひとくち。
サカモトあいつが落ち込んでるの、私、初めて見た
アヤ初めて
サカモトいつも、なんか、飄々としてるじゃん。災難も、災難って顔しないし
アヤうん
サカモトでも、今日は——いつも楽譜なんてバサッと扱う人が、一枚ずつ、そろえて、重ねてた
サカモト私、楽譜集めるの、手伝った
アヤうん
サカモト委員長だから、っていう顔して。ほんとは、委員長とか、関係なかったけど
アヤ関係なかった
サカモト角田とか、ヤマモトも来てた。朝練サボってたやつらが。なんでだろ。本気のときは冷たかったのに……いや、わかる気も、するけど
アヤ……わかる気がする
サカモトソウタは「サンキュー」も、大きい声では言わなかった。いつも通り。埋め草のときと、同じ
短い間。窓の外、夕方。
サカモトでもさ、あの背中見たら、焼きもちとか、特別じゃないとか、どうでもよくなった
アヤどうでもよく
サカモトただ、そばにいたかった。それだけだった
アヤこの前、言ったでしょ。ふもとで待っててもいい、って
サカモト言った
アヤ……
サカモト、ちょっと、黙る。カフェオレの、底のほう。
サカモト……山には、登れないけど
アヤうん
サカモト降りてきたとこには、いられた。今日は
アヤうん
サカモト別に、好きとか——
言いかけて、やめる。今日は、最初から、言うのをやめた。
アヤうん。知ってる
サカモト……知ってるんかい
アヤずっと前から
サカモトソウタ、「もう一回やる」って言ってた。あんなに負けたのに
アヤ諦めない子だ
サカモトうん。諦めない
サカモト、ストローで、氷を、ちょっと押す。
サカモト……じゃあ、私も、諦めないでおこうかな。この、よくわかんない気持ち
アヤいいと思う
サカモト急がないけど
アヤ急がなくていい
サカモト……アヤ
アヤうん
サカモト今日は、ありがとは、言わない
アヤ珍しい
サカモト言わなくても、わかるでしょ
アヤわかる
二人、トレーを片付けて出る。夕方の駅前、すこし風がある。改札で「またね」と別れる。ソウタは今ごろ、何をしてるんだろう。たぶん、何も。それでいい。何も知らないまま、サカモトは家のほうへ歩いていく。