キリシマミサキ(秘書)
結論から書きます。日程調整メールの「候補日提示」は、定型でできています。定型は、書き手の手抜きではなく、受け手の負担を減らすための、機能的な選択です。本シリーズの第一回として、その定型の中身を、内側から少し解いてみます。
件名:◯◯の件 日程ご調整のお願い
◯◯様
お世話になっております。
◯◯の件、下記候補日でご都合いかがでしょうか。
第1希望:◯月◯日(◯)10:00 - 11:00
第2希望:◯月◯日(◯)14:00 - 15:00
第3希望:◯月◯日(◯)16:00 - 17:00
ご多忙のところ恐縮ですが、上記の中でご都合の良い日時を、◯月◯日までにご連絡いただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。
長年の秘書業務のなかで、私が最初に身につけた定型のひとつが、「候補は三つ提示する」というルールです。一つだと相手の選択肢がない。二つだと選びにくい(迷ったら二つとも合わない可能性がある)。四つ以上だと、相手の認知負荷が上がる。三つは、選ぶ側にとって、ちょうどいい数です。
これは秘書業界の口伝のようなものですが、実務的には、再調整の往復回数を最小化する効果があります。一つだけ提示して、相手の都合が合わなかった場合、再度候補を出し直す手間が発生する。三つ提示しておけば、そのうち少なくとも一つは合う確率が高い。合わなかった場合でも、相手側から「上記は難しいので、◯日はいかがでしょうか」と逆提案が来る確率が、上がります。
三つの候補は、相手の意思決定を支援する装置です。意思決定支援としてもう一段重要なのは、三つの並べ方です。
第1希望、第2希望、第3希望、と書くときに、私はその三つの順番を、相手の都合と、こちら側の都合の、両方を見て、決めています。
こちら側の都合だけで決めるなら、こちらが最も押したい日時を第1希望に置きます。これは、相手も第1希望に同意しやすい、という心理的傾向(最初に提示された選択肢の選択率が高い、いわゆるアンカリング効果)に乗る並べ方です。
ただし、相手の業務サイクルを知っている場合、第1希望は相手にとって最も都合の良さそうな日時に置きます。例えば、相手が大学教員なら、講義のない日の午前中が候補に入りやすい。相手が会社員なら、月曜の朝と金曜の夕方は避ける、という傾向がある。これらの相手側の都合を読んで、第1希望を組みます。
第2希望以降は、第1希望が合わなかった場合の代替として、こちら側が押したい時間帯を入れることが多いです。第3希望は、最も柔軟な代替として、相手側にとって少しイレギュラーな時間帯(朝早めや夕方遅め)を入れて、選びやすさを担保します。
つまり、候補の順番自体に、こちらの戦略と相手への配慮の両方が、暗黙に組み込まれています。受け取った相手は、たぶん、こちらの意図に気づかずに、自然に第1希望か第2希望を選びます。
三つの候補の順番には、こちらの戦略と相手への配慮の両方が、暗黙に組み込まれています。
本文の冒頭、「下記候補日でご都合いかがでしょうか」という構文も、注意深く設計されています。
「ご都合いかがでしょうか」は、相手の選択の余地を残す丁寧な疑問形です。「下記日程でお願いします」と書くと、命令調になり、相手にとっての心理的な負担が上がります。「ご都合いかがでしょうか」と聞くことで、相手は「都合が合わないなら、別の日を提案する」「都合が合うなら、そのまま了承する」「迷いなら、保留して再返信する」という、三つの選択肢を持ちます。三つの選択肢を持たせるのが、この構文の機能です。
同じ意味の代替構文として、「下記候補からお選びいただけますでしょうか」もあります。「お選びいただけますでしょうか」は、相手の能動的な選択を依頼する形で、「ご都合いかがでしょうか」よりは、選ぶ責任を相手に強めます。状況によっては、こちらを使うこともあります。たとえば、複数候補のなかから一つに確定したい場面では、「お選びいただけますでしょうか」のほうが、確定の意思を伝えやすい。
定型の中で、最も繰り返される枕詞のひとつが、「お手数ですが」「ご多忙のところ恐縮ですが」です。これらは、依頼の前置きとして、相手の時間と労力を消費させることへの、形式的な詫びを兼ねています。
形式的、と書きましたが、それは「形式」が「意味がない」という意味ではありません。「お手数ですが」を入れると、依頼のトーンが、命令ではなく相談に近づきます。入れないと、依頼が事務的に響きすぎて、相手との関係性に微妙な摩擦が生じます。摩擦を最小化する潤滑油として、これらの枕詞は、機能しています。
ただし、入れすぎると、別の摩擦が生じます。「お手数ですが、ご多忙のところ恐縮ですが、誠に勝手ながら、お忙しいところ恐れ入りますが、◯◯していただけますと幸いです」と、枕詞が四つも五つも重なると、本題に入るまでが長くなって、相手の時間の効率を、結果的に奪います。秘書業務では、枕詞は一つか二つ、本題は明快に、というのが、私の実務感覚です。
結語の「ご連絡いただけますと幸いです」も、定型の重要な部分です。「いただけますと幸いです」は、依頼を相手の善意に委ねる構文で、義務化を避けつつ、応答を期待する、絶妙な距離感を作ります。
同じ依頼を、別の言い方で書くこともできます。「ご連絡をお願いいたします」は、もう少し直接的な依頼。「ご連絡いただけますでしょうか」は、依頼を疑問形にした柔らかい形。「ご連絡をお待ちしております」は、待つ姿勢を強調した形。これらの中から、相手との関係性と、依頼の緊急度に応じて、選びます。
「いただけますと幸いです」は、緊急度が低めで、相手との関係が定例化していない場合の、標準的な選択です。緊急度が高い場合、「お忙しいところ恐縮ですが、◯日までにご返信いただけますでしょうか」のように、期日を明示して、依頼の重さを上げます。
もうひとつ、候補日提示メールで、私が常に判断しているのが、返信期日を書くかどうかです。書くと、相手にとっての締め切りプレッシャーが上がります。書かないと、こちら側の進行が読めなくなります。
原則としては、書きます。「◯月◯日までにご連絡いただけますと幸いです」と、期日を明示することで、相手は自分のスケジュールに組み込みやすくなります。書かない場合、相手は「いつまでに返事すればいいのか」を判断する余分な認知負荷を負うことになります。
ただし、相手が役職の高い方や、こちらが恐縮しなければならない関係の場合、期日を明示すると、こちら側が締め切りを設定する立場になり、関係性のバランスが崩れます。その場合、「お時間ありますときにご返信いただけますと幸いです」と、期日を明示せずに、暗黙の期待だけ伝えます。明示と非明示の選択は、関係性の判断を伴います。
長く秘書業務をやっていると、日程調整メールの定型は、書き手の手抜きではなく、受け手の認知負荷を最小化するための、薄い愛情のような働きをしている、と感じることがあります。
三つの候補日、相手の都合を考えた順番、柔らかい依頼の枕詞、適切な期日の明示。これらは、メールを受け取った相手が、最小限の労力で意思決定できるように、こちら側で先回りした調整の結果です。先回りした調整は、メールの文面では見えません。見えないように設計することが、定型の本来の機能です。
定型を「ポエム」と批判する声もあります。私自身、過去のエッセイで「ポエムフリー宣言——メールからポエムを消してみた」という実験を書いたことがあります。あの実験で気づいたのは、メールから「お手数ですが」「ご多忙のところ恐縮ですが」を全部消すと、文面は短くなるが、相手側の心理的な負担が、逆に増えることがある、という事実でした。定型は、消せるが、消さないほうが摩擦の少ない関係を保てる場面が、ある。本シリーズで、その「消さないほうがいい場面」を、もう少し細かく見ていきたいと思います。
——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。