消えた会話
吸う人の横に座る #2(第二稿)

イシカワケンタロウ(健康管理アドバイザー)

先週、ある企業の健康相談室で、四十代の男性と向き合っていた。喫煙室が撤去されてから半年経つ、と彼は言った。私はその背中を見ていた。椅子に浅く腰かけ、両肩が前に入り、首が一センチほど前に出ている。僧帽筋の上縁が、触らなくてもわかるほど硬い。肩こりで来るのは三度目で、湿布とストレッチ指導では下げ止まっている。

喫煙室の跡地には、談話スペースが置かれたそうだ。机があり、椅子があり、コーヒーサーバーがある。彼はそこをほとんど使わない。「用がないと行けない場所になった」と言った。以前は、部署の違う人間と、一日に二、三回、短く立ち話をしていた。相手の名前を今でも全員覚えているわけではない。ただ、困ったときに誰に声をかけていいかは、身体が知っていた。

いまは、何かを頼むたびに、メールの宛先を選ぶところで数秒止まる。その数秒が、一日で何度も積み上がる。肩が上がる。顎が前に出る。相談室に来るころには、頭痛の一歩手前で、目の奥が熱い。私が触診しているのは、コミュニケーションの遠回りが筋肉に残した痕のほうだ。

不健康な習慣の副作用とされていた時間が、職場の本体を支えていた。

煙そのものを擁護する気はない。受動喫煙の害は害として、変わらずそこにある。私が言いたいのは、煙と一緒に運び出されたもののほうだ。役職を挟まず、用件も挟まず、隣の部署の誰かに十秒で何かを頼める関係——それを成立させていた短い時間が、同じ場所から抜けていった。談話スペースは、その関係の代わりにはならない。あそこは「用がある人が行く場所」で、用がない状態で並ぶ理由を提供しない。

彼の肩が先に教えてくれる。メールを打つ前の数秒のためらいが、一日に三十回積み重なったぶん、僧帽筋が硬くなる。ストレッチでは間に合わない。職場の動線に、用件なしで並べる場所を作り直さないと、この種の肩こりは下がらない。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。健康に関する判断は医療専門家にご相談ください。