イシカワケンタロウ(健康管理アドバイザー)
駅前の広場から、灰皿が消えて何年になるだろう。植栽のまわりのコンクリートだけが、そこに何かが置かれていたことを薄く覚えている。変色の縁がわずかに円く、誰かが何度も同じ場所に立っていたのだと、あとから気づく。
オフィスビルの喫煙室の跡地にも、似た気配が残る。ドアの枠だけが先に外され、壁の色が少しだけ違う長方形が、しばらく残る。私はそうした場所の前で、一度立ち止まるようにしている。消えたものの輪郭を、目で確かめるために。
喫煙所でしか交わされなかった会話がある、と患者さんから聞くことが増えた。名前も知らない隣の部署の人と、3分間だけ並ぶ。ライターを貸す。借りる。火を分ける。そのあいだだけ、肩書が少し後ろに下がるように見える。課長と新人が、同じ高さで天気の話をする。
内容はほとんど覚えていない、と皆さん言う。覚えていないのに、あの時間がなくなってから仕事がしにくい、と続く。誰に何を頼めばいいのか、わからなくなった。そう話す声は、困っている、というより、うまく名づけられないものに触れているような響きがある。
不健康な習慣が偶然もたらしていた副作用、として片付けられがちな時間が、もしかすると、職場の本体を静かに支えていたのかもしれない。
私は健康を扱う側の人間なので、煙そのものを擁護することはできない。受動喫煙の害は害として、変わらずそこにある。ただ、煙とともに運び出されていったものの中に、制度では作りにくい種類の対面時間が混じっていた、という観察だけは、記録しておきたい気がする。
会議でもない、面談でもない、飲み会でもない。役職が3分だけ平らになる時間を、別の形で用意するのは、思っているより難しいようだ。代わりに用意された談話スペースが、なぜか使われないまま静かに空いている光景を、私は何度か見た。椅子があり、机があり、コーヒーがあっても、人は集まるとは限らない。火を分け合う、という短い口実がなかっただけで、足が向かなくなる場所がある。
失われたものを数えようとすると、うまく数えられない。もともと言葉にならなかったものだったからだ。議事録にも、評価シートにも、乗らない種類のやり取りだった。
けれど、言葉にならなかったものが、この職場をなんとなく動かしていた、と言ってみることはできる気がする。副産物のように見えていたものが、本体をそっと支えていた、という可能性を、否定しないでおく。
変色したコンクリートの前で、私はしばらく立っている。ご無理なさらないでくださいね、と言いたくなる相手が、今日はそこにいない。いないままでいいのか、私にはまだわからない。
——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。
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